ちゅうすけのひとり言(30)
2ヶ月ぶりの、[ちゅうすけのひとり言]である。
今朝まで、書くつもりはなかった。
突然、銕三郎(てつさぶろう 24歳 のちの鬼平)と、お竜(りょう 30歳)の、相良行きの道中記を書いてはいけない---と気がついた。
いや、もちろん、2人は、相良へ行く。
掛川城下から、下俣、南西郷村を経由、峠にかかって入山瀬をすぎ、山裾道を川久保郷から中(現・静岡県小笠郡大東町中)という村まで、3里(12km)も歩かないで一泊してしまう。
(掛川=赤○ 中=青〇 相良=青〇 明治20年 参謀本部製)
もっとも、人目があるから、昼間っから抱きあいはしない。
猥褻(わいぜい)も色情も同居している江戸や城下町の掛川とちがい、穏やかな山裾(やまずそ)の僻村である。
そんな行為におよんだら、村人たちが目をむいてしまう。
歩きながらでは無理なさまざまなことを、じっくりと話しあいたかったのである。
焼津港か清水港にいると銕三郎が推察している口合人のこと。
〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう 55歳前後)の子を産んだ賀茂(かも 30歳すぎ)のこと。
その子が、ついこのあいだ、風邪がもとで、2歳で幼逝して、賀茂がいっとき狂乱したこと。
駿府に置かれている〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 47歳)一味のうさぎ人(にん 情報屋)のこと。
お勝(かつ 28歳)がしくじった、駿府の両替商・〔松坂屋〕五兵衛(ごへえ 49歳)の好色ぶり。
(お勝がうまく雇われて早々、美貌に劣情を覚えた五兵衛が、瀬名川の西岸・「西田の落雁」は近江八景の「堅田の落雁」に比(ひ)されているほどの美景で、たまたま瀬名の旧家・中川家訪問という口実にことよせて供を言いつけ、帰りにいかがわしい酒屋で犯そうとした。
【参照】2008年10月4日[ちゅうすけのひとり言] (25)
はねかえされた五兵衛は、いまだに歩行が困難なぎっくり腰。
武勇伝が有名になるとともにお勝は店にいられなくなって掛川へ移ったいきさつ。
〔狐火〕のお頭は、苦笑しながらもお竜の手落ちを叱ったという。
いや、このような他愛もない話はどうでもいい、好きあっている2人には大いに意味があろうが、はたの者にはなんの興味も湧いてこないし、ましてや2人が、あいまあいまに口を吸いあっては微笑んで見つめあうとなっては---。
ちゅうすけが書こうとしているのは、そういう無駄ごとではない。
そもそも、お竜を登場させたのは、銕三郎と躰をあわさせるためではなかった。(歌麿 お竜イメージ)
『鬼平犯科帳』の未完・巻23[誘拐]で、おまさを誘拐させたらしい〔荒神〕のお夏(25歳=[炎の色]当時)は、あろうことか、おまさ(37,8歳=当時)に懸想してしまった。
お夏は、おんなおとこ---つまり、レスビアンの立役(たちやく)、歌舞伎でいう、女形に対する男役である。
お夏のこころの動きを理解するには、登場人物に立役のレスビアンが必要---そう思って造形にかかった。
男性同士で愛しあっている知り合いは5,6人いる.が、幸か不幸か、レスビアンの知り合いはいない。
それで、レスの女性のエッセイや小説を読んで、もの好きが想像しているようなものではなく、人と人の愛情関係にすぎないとわかった。
そういうことなら、多くのおんなが憧れ惚れるどころか、男も惚れこんでしまう銕三郎に、お竜が躰をゆるすことだってあろう---とおもった。
1個の人間対人間の信頼・愛情関係である。あって不思議はない。
だから、砂地に水がしみこむように、お互いが自然こ相手を受け入れたごとくに書いた。
とは言え、銕三郎は、両番(書院番士、小姓組番士)の家の嫡子として、将来、幕府の中間管理職が約束されている若者である。
いかに、無分別ざかりの年齢のときのことであろうと、盗賊の一味のおんなと知りながら、いつまでも情をかよわせ、躰をむすびあっていてはいけない。
悪意の耳打ち屋がしったら、お役ご免どころか、醜聞として記録がのこる。
銕三郎も、そのことは心得ていた。
お竜も、自分に言いきかせ、あきらめる賢明さと自制ごころはもちあわせている。
だから、永代橋の上と下の別れの場を設定し、もう、顔をあわせることはないと、ちゅうすけは断定していた。
【参照】2009年1月4日[明和6年(1769)の銕三郎] (4)
ところがである。
お勝が、ひょいとあらわれた。
彼女の向こうには、お竜がいる。
魂は自然に惹(ひ)きあう。
2人は逢ってしまった。
とうぜん、火がついた。
お竜は、お勝を喜ばせているときに得るものとはちがう、下腹の奥の臓腑がひとりでにうごめく感触に燃え、幸せ感を手の爪先、足の指1本々々にまで満たした。
(北斎『ついの雛形』部分 お竜のイメージ)
本能と言いすててしまえば、それまでのこと。
だが、問う。こころからの愉悦に身をまかすことは罪悪であろうか。
道徳感は、最低限、ちゅうすけももちあわせてはいる。
銕三郎とお竜を抱きあわさせたことに、お叱りをうけるべきであろうか?
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