駿府町奉行所で (2)
宴は、六ッ半(午後7時)に終わった。
一人になった銕三郎(てつさぶろう 24歳)は、自分にあてられている裏庭の離れの部屋へ戻り、名前を書き留めた懐紙をじっと見据える。
〔五条屋〕の内儀・お勢(せい 40歳)
横に、店主・儀兵衛(ぎへえ 45歳)
囲いおんな(京都)
番頭・吉蔵(よしぞう 58歳)
飯炊きおんな・お杉(すぎ 61歳)
先代・儀兵衛(5年前に病没 享年62歳?)
辞めさされた小僧 春吉(しゅんきち 15歳=当時)
丈太(じょうた 14歳=当時)
嫁に行った台所女中 お定(さだ 21歳=当時)
父親が手をつけた召使い・お勢を、息子の嫁に?
それを知っていて内儀にしたのは、なぜ?
逆らえなかった理由(わけ)は---?
すでに、おんなができていたからでは---?
その女は、いまは? いまでも?
(すると、京都のおんなというのは虚言?)
父親とお勢は、ずっとつづいていた?
銕三郎は、疑念を打ち消そうとしたが、老舗の中には、外からは想像もおよばぬ濁った血が渦巻いているかもしれない---というおもいのほうが強かった。
いつだったか、〔盗人酒屋〕の忠助(ちゅうすけ 50前)が、〔法楽寺(ほうらくじ)〕の直右衛門(なおえもん 40すぎ)に躰のすみずみまで開花されつくしたお紺(こん 28歳=当時)が、剣友・岸井左馬之助(さまのすけ 22歳=当時)とできてしまったとき、
「老練な男に仕込まれてしまったおんなは、その道からのがれることはできゃあしませんのさ」
と言ったことがあった。
【参照】2008年8月27日~[物井(ものい)の紺] (1) (2)
お勢の場合もそうではなかったか?
若い儀兵衛の女房になったものの、ものたりなくて、先代とつづたということはないか?
先代も、それを望んでいたのでは?
先代が5年前に歿した。
すると、お勢は、手代に手をつけはじめる。
初心(うぶ)な男を開眼させていく愉悦。
旅籠〔柚(ゆのき)木〕の女中頭が耳にしていた、安倍川べりの出合茶屋〔梅ヶ枝〕通いしているお勢の放縦な性の充足は、そのことと関係があるのでは?
(北斎『ついの雛形』 お勢のイメージ)
銕三郎は、番頭を呼んで、〔五条屋〕に使いをだしてもらった。
儀兵衛と吉蔵があたふたとやってきた。
「夜分、あいすみません。あす、お奉行にお目にかかる前に、どうしてもたしかめておきたいことがありまして---」
2人が不安げな目で銕三郎を見る
「ご当主どの。盗まれた金は---400両ではありませぬな?」
「えっ---それは---」
「200両は、戻ってきたのでしょう?」
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