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2009.01.29

駿府町奉行所で

駿府町奉行所へは、やっとのことで七ッ(午後4時)に着いた。
役人たちの退(ひ)き刻(どき)までに、ぎりぎりで間にあった。

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(駿府・町奉行所 笠間良彦『江戸幕府役職集成』より)

矢野弥四郎(やしろう 35歳)同心と竹中功一朗(こういちろう 22歳)見習いが待ちかねていた。
藤枝宿・伝馬町の問屋場から、七ッにはお会いできるとの文を、早飛脚に伝(こと)づけておいたのである。

「お宿はご指示のとおり、旅籠〔柚木(ゆのき)屋〕を避けて、〔大万屋〕清右衛門方にしておきました」
「かたじけのうございます。そこは6年前に世話になったことがあります」

参照】2008年1月5日~[与詩(よし)を迎えに] (16) (17) (18) (19)

「今夜は、中坊(なかのぼう)ご奉行のおこころづくしで、夕餉の宴をしつらえてあります。われらはいちど組屋敷へ帰って着替え、半刻(はんとき 1時間)ほどのちに伺いますから、それまでに湯でほこりをお落としおおきください」
矢野同心の言葉づかいが、こころなしか丁寧になっている。
田沼意次の名がでたために、中坊奉行が、よほどにきつく注意したにちがいない。
「お奉行は、明朝五ッ半(午前9時)に、なにはさておいても、長谷川どのをお待ちもうしているとのことでございます」

〔大万屋〕では、亭主の清右衛門と番頭が待ちかまえていた。

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(駿府城下 伝馬町(部分) 赤〇=大万屋  水色枠=本陣・旅籠)

奉行所から手がまわっているのだ。
番頭が6年前の銕三郎と気がついた。
「あ、あのときの鶯宿梅の---」
「その節は、いこう、お世話になり申した」

番頭が清右衛門になにごとか耳うちする。
おそらく、今宵の酒の銘柄のことであろう。
清右衛門がうなずく。

「それにしても長谷川さま。ご立派におなりで---」
番頭が感慨ぶかげに、銕三郎の上から下まで目をはしらせる。
この職業の老練者らしく、客5,000人の顔と名前を覚えているのである。

矢野同心と竹中見習いのほかに、河原頼母(たのも 53歳)筆頭与力もいっしょであった。
奥の〔三保松原〕の部屋には、膳が4つ、しつらえられていた。

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(広重 『東海道五十三次』 江尻 三保松原遠望)

銕三郎が、河原筆頭を首座に着かせる。

鶯宿梅を見て、河原筆頭は大満足の様子で、清左衛門としきりに話しこんでいる。
銕三郎などはどうでもよく、酒が飲めることがうれしいらしい。

竹中見習いが銕三郎の前に座をうつし、懐から6日前に渡した紙片をだして、説明をしようとすると、
功一朗。仕事の話は、あす、役所でやれ。この場は、相良築城のすすみ加減でもうかがえ」
「いや。お差し支えなければ、いま、簡単におうかがいいたしておきとうございます」
銕三郎の救いの言葉に。
「ざっと、だぞ」
矢野同心の頷首(がんしゅ)は、、不承ぶしょうであった。

銕三郎竹中見習いに渡して紙片には、こう書かれていた。
一、〔五条屋〕の内儀・お(せい 40歳)の実家と婚儀の経緯(ゆくたて)。ごくごく内密に。
一、〔五条屋〕へくる肥え汲みの百姓と、師走に牛車や汲み取り権を貸した相手、その経緯。
一、この3年間に〔五条屋〕を辞めた者と<そのわけ。番頭・吉蔵(よしぞう 58歳)に内緒で訊くこと。
一、この3ヶ月のあいだに夫婦と幼な子で道中手形をとった者。
一、寺にとどけている人別で、この3ヶ月のあいだに夫婦と幼な子で人別をよその地へ移した者。

竹中功一朗見習いはすでに、掛川から帰任した矢野弥四郎同心へ告げていることなので、要領翌話した。
かいつまんで書くと、
一、京小間物の〔五条屋〕の内儀は、奉公にあがっていた召使いだが、先代に気にいられて、儀兵衛の女房におさまった。生家は鷹匠の小者。先代のお手つきとうわさする者もいる。
一、〔五条屋〕の肥え汲みの権利をもっているのは、清水の馬走(まばせ)の百姓・吾平(ごへえ 40歳)。息子・三平(20歳)が賭場で金を借りた男にいいつかって、牛車と肥え桶を貸した。貸した肥え桶は、きちんと返された。
奉行所は、三平を仮牢に入れている。
一、この3年間に〔五条屋〕から暇をとった者は3人。嫁に行った台所女中・お(さだ 21歳)、小僧の2人は春吉(しゅんきち 15歳)と丈太(じょうた 14歳)。暇を出された理由(わけ)は、なんど言っても夜中の買い食い癖がなおらないこと。2人とも出は沓谷(くつのや)村の小作人のせがれ。いまは畑仕事を手伝っている。
一、この3年間に、人別を移した子持ちの夫婦はみあたらなかった。

銕三郎は、人名だけを懐紙に書きとめ、あとは、料理に専念した。


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