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2009.12.30

ちゅうすけのひとり言(45)

長谷川平蔵宣以(のぶため 28歳)が跡目を相続した安永2年(1773)年に、同じように相続をゆるされたお目見以上の幕臣の調査リポートをつづけている。
幕府の諸式の一端がのぞけるとおもったからである。

6月6日の『徳川実紀』---

この日、書院番組頭宮崎三郎左衛門仲武が子小姓組与十郎安澄。寄合水野源右衛門忠香が子兵庫忠候をはじめ、父死して。家をつぐ者七人。

寛政重修諸家譜』でひろえたのは、5人。

父 :水野源右衛門忠香(ただか 2800石)
    安永2年閏3月10日卒 53歳
子 :   兵庫忠候(ただもり)
    (跡目) 24歳
    天明4年(1784)10月2日西丸小姓組出仕


父 :宮崎三郎左衛門仲武(なかたけ 600俵)
    安永2年閏3月22日卒 53歳
子 :   与十郎安澄(やすずみ)
    (跡目)37歳
   宝暦13年(1763)12月18日小姓組出仕


兄 :井沢平三郎正芳(ただよし 500俵)
    安永2年3月2日卒 28歳
弟 :   十三郎正長(まさなが)
   (遺跡) 19歳  


兄 :難波田善左衛門憲道(のりみち 280俵)
    安永2年閏3月11日卒 30歳
弟 :     喜久蔵:憲輝(のりてる)
   (跡目) 26歳
   安永6年(1777)5月18日御納戸


養父:設楽助蔵惟精(これきよ 300俵)
    安永2年閏3月29日卒 35歳
養子:(嶋村)信五郎能次(よしつぐ)
    (跡目)
    天明4年9月26日逐電 家たゆ


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