庭番・倉地政之助満済(まずみ)
「銕(てつ)だが---」
閉まっている表板戸をコツコツと叩くと、内側に人の気配がしたので、平蔵は小声で名乗った。
一瞬、逡巡があって、つっかい棒がはずされ、降ろし桟をあげ、戸が1尺(30cm)ほど開いた。
開いたむこうに、灯を背にした里貴(りき 29歳)の顔があった。
「客があります」
「出直(でな)おそう」
「いいえ。銕さまさえかまわなければ、私はかまいません」
居間にいたのは、30代なかばの、鬚の剃りあとの濃い武士であった。
(どこかで、見かけたような覚えがあるが---江戸ではないような)
「銕三郎さまです」
里貴が、なぜか、相続前の通称で紹介した。
「倉地です」
武士が名乗ったので、記憶がよみがえった。
京都西町奉行所の役宅の、亡父・宣雄(のぶお 55歳)のところへ、夜遅くにきて、密談をしていた男であった。
平蔵は、通りすがりに目礼をしたまま、あいさつもしなかった。
「長谷川さまの若さまでございすね」
倉知が丁寧な言葉づかいで、問いかけた。
(さすがだ。廊下を通り過ぎただけなのに、見覚えていたのだ)
「京都の役宅でお会いしましたか?」
里貴とのかかわりがわからないので、言葉を濁して訊いてみた。
「はい。若さまと、同じことを調べに上っておりました」
「そうとは存ぜず、失礼しました」
「あれは、むずかしい探索でございました」
「いかにも。で、その後は?」
「目鼻がつきそうになりました」
「やはり、山村信濃(守 良旺 たかあきら 45歳 500石)さまのお手柄で?」
「ええ、まあ---」
倉知はあやふやに応え、これにて、失礼つかまつると立ち上がった。
見送って戻ってきた里貴に、
「突然来て、悪かったようだな」
「いいえ。銕さまこそ、まずかったのではございませんか?」
それには答えず、
「近く、木挽町からお呼びがあるようだ」
「殿さまは、このこと、ご存じではありません」
「倉地どのから書き上げがいくのでは---?」
「その心配はないとおもいます」
「あの仁は、庭番であろう?」
「吟味は、拷問でなさってくださいませ」
嫣然とした笑みをのこして、着替えに立った。
枕元にしかけた隠しマイクがひろった会話を、少々、プレイ・バックしてみようか。
「倉地は庭番であろうが---」
「くすぐったい。はい、政之助満済(まずみ)というお庭番」
「どうして、木挽町の殿に告げ口しないといいきれるのだ?」
「お庭番には、しもじもの色事をさぐるお役目はございません。ああ、そこ---」
「-----」
「-----うふ」
「しもじものな」
「はい、しもの---ああ、大きい」
手をのばして、なにかを探したはずみにコンセントがはずれたらしく、あとは記録していなかった。
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コメント
いまどき、AC電源につなぐテレコなんてないとおもうけど、あった時代もありましたね。
いまになら、ボイス・レコーダーだ。
投稿: ちゅうすけ | 2010.02.09 07:47