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2010.03.05

一橋家老・設楽(しだら)兵庫頭貞好

(この、老が会食をした相手は誰であろう?)
三河町の〔駕篭徳〕につめている、〔箱根屋〕の権七(ごんしち 41歳)のところの舁(か)き手・加(かへえ 23歳)と時次(ときじ 21歳)が乗せた客のころおぼえの中の一人に、表四番町の屋敷までおくった藪 主膳正忠久(ただひさ 54歳 5000石)の名があった。

藪 忠久の父・三郎左衛門忠通(ただみち)は、紀州侯であった吉宗が江戸城入りをしたあと、その生母・浄円院に従った重職の一人であった。
忠通は、当座、小納戸としてニノ丸に出候していたが、のち、本城のご用達小姓頭などを経て、主に奥方の勤めにはげみ、ついには5000石の大身となった家柄である。

継嗣・忠久は、42歳という若さで書院番頭の職を辞し、あとは寄合の身分をたもっていた身なのに、このところ3度も茶寮〔貴志〕でだれかと夕餉(ゆうげ)をともにしていた。
平蔵にしてみると、
(なにをたくらんでいるのあろう)
それ以上に気になったのは、藪というめずらしい姓をどこか聞いた気がしたことであった。

どこであったか?

そうだ、里貴は、亡夫は、藪 保次郎春樹(はるき)だったといった。
嫉(や)きごころは湧かなかったのが、むしろ、不思議であった。

しかし、それを自分への口実にし、〔箱根屋〕の権七と、〔化粧(けわい)読みうり〕のことで打ち合わせてくるという口実をもうけ、御宿(みしゃく)稲荷の脇の表戸をそっと叩いた。

戸が内側からあけられ、里貴(りき 29歳)が袴の紐をとって引き入れ、手ばやくしめると、そのままもたれかかった。
「今夜あたり、お越しくださるようなに気がしていました」
口を向けた。
,たしかに、寝衣に着替え、綿入れの半纏をまとっているだけであった。

吸いながら、抱き上げ、居間まではこんだのに、首にかけている腕をはなさず、おりようとしない。
そのまま舌をさぐりあってたわむれ、そっとおろす。

「つい、(てつ)さまのほうが齢上(としうえ)とおもえて、甘えたくなるのです」
あおむけに転んだままいう。
「わしは一人子として育ったゆえ、姉上ができたようにおもい、喜んでおる」

転んだまま平蔵の袴を引いてひざをつかせ、口をさしだした。
かぶさって吸い、寝衣の胸元から乳房をまさぐった。
反って、もう片方もと、せがむ。

しばらくそうしてあそびながら、里貴は、袴を器用に脱がしてしまった。
裾を割って平蔵のものをつかむと、しめたりゆるめたりしてたのしんでいる。

「着替えましょうね」
ようやく起きて、寝着と綿入れをだしてき、片口に冷や酒を注ぎ、
「板場でつくらせました」
数の子のくるみ和えであった。

酌みかわしながら、
「ところで、ご家老・意誠(おきのぶ)さまのお加減はどうなのかな」
一橋家の家老・田沼能登守(53歳 2000石)のことを、さりげなく話題にのせた。
一瞬、里貴は盃をとめたが、すぐに気をとりなおし、
「あまり、およろしくないようです」

「お屋敷は、この先の小川町であったな?」
「よくご存じですこと。広小路横町です」
「亡き父上の教えで、重職方の屋敷、用人どのの名をきちんと調べておぼえるようにしている」

参照】2008年1月19日[与詩を迎えに] (29

「では、もうお一人の一橋家のご家老さま、設楽(しだら)さまのお屋敷もご存じですね?」
「設楽兵庫頭(かみ)貞好(さだよし)さま。65歳。2150石。お屋敷は永田馬場」
「驚きました」
「いや、設楽さまは、拙の兄上同様の佐野与八郎どのの ご近所だから、つい、おぼえた」
「あの、佐野さまは、お兄上ご同様のお方だったのですか?」
里貴。ついに、語るに落ちたな」
「あら。私としたことが---。おほ、ほほほ」
「あは、ははは---」

老中・田沼主殿頭意次(おきつぐ 55歳 相良藩主)の木挽町(こびきちょう)の下屋敷を、亡父に連れられ、本多采女紀品(のりただ 60歳 2000石 無役)、佐野与八郎政親(まさつちか 41歳 1100石 西丸目付)とともに訪れた5年前に、里貴を見かけたといって否認されたことがあったからである。
田沼意誠は、意次の2歳下の実弟である。

(これで、まちがいなく、里貴田沼侯の間者だ)

さまは、用閒(ようかん 間者)のおなごはお嫌いではございませんでしょう?」
里貴は用閒なのか?」
「私は、そうではありません。ほら、軒猿(のきざる 信玄側の忍びの者)の末裔とかで、お(りょう 享年33歳)さんとおっしゃったお方---」
「どうして、それを?」
「おほ、ほほほ。語るにお落ちになりました」
「む」
「かわいいお人」


[一橋家老・設楽(しだら)兵庫頭貞好] () () (

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