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2010.07.04

〔殿(との)さま〕栄五郎(5)

薬研堀不動前の料亭〔草加屋〕の飯炊き・岩造(いわぞう 53歳)こと岩次郎は、幾度も犯してきた引き込みの罪状で、島送りとなった。
当人が白状したわけではない。

〔草加屋〕の女中頭・お(きん 38歳)が、島で男たちのなぶりものになってもいいのかと脅かされて、吐いた。

は女盗(にょとう)ではない。
6年間も女中頭を無事に勤めていた。
下ぶくれの浅黒いお多福顔---当時いわれていた女中づら---が、男客たちの好きごころをそそらないできたのであろう。
18のときに、盆踊り晩、数人の村の若いのに顔に手拭をかぶせて犯されてから、おもそのことを心得ていた。
男を忘れた分、江戸へでてきて、仕事に打ちこんだ。
なるべく客の前にいる間合いを少なくし、料理をはこぶ手ぎわのよさで満足してもらうようにつとめた。

ところが---、
去年の秋、〔草加屋〕の飯炊きに、岩造(53歳)が雇われ、裏庭の物置小屋に住みこんだ。
昼間の客が帰り、夕べの仕事の始まりまで、おが庭に咲いていた花を:く眺めていると、岩造が通りがかりに、
「おさんって、6つのときに死にわかれた母親の面ざしにそっくりだ。いまでも、乳をのませてもらっている夢をみるよ」
ほつりと洩らし、小屋へ入った。

その晩、みんなが寝静まってから、おは小屋へ出むき、乳首を吸わせてやったが、乳房だけでおさまらず、38歳の大年増Iに、おんなとしての火がつけられた。

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(栄泉『古能手佳史話』部分 イメージ)

10年前の盆踊りの夜のそれは地獄であったが、小肥りの岩蔵の性戯はやさしく、手間をかけたもので、おの躰からすべての力をうばった。

つぎの晩には、おが力めばりきむほど、いいおんなになれる部所を教え、試させた。
たしかに、甘美さが増した。
それからも、短いうちに次つぎと秘技を伝授し、おをすっかり色ごと好きに仕こんだ。

自分が盗人の一味で、どんな役割りを果たしてきたか、金もずいぶんたまったから、この仕事(おつとめ)がおわったら引退し、田舎で小さな畑を買い、のんびりと暮らしたい。
「おめえも、いっしょにくるかい?」
一も二もなかった。
もっとも、〔蓑火(みのひ)〕の名は教えなかった。

明晩は、江戸のほとんどの香具師'(やし)の元締衆が集まり、なんでも、旗本の長谷川という若いのをもてなすらしいから、忍んでこれるのは4ッ(午後10時)をすぎるかもしれない。宴会がそれよりのびたら、あすは独りで寝て---と告げたことは、そっくりつなぎ(連絡)の者に伝わり、〔殿(との)さま〕栄五郎(えいごろう 30代半)の耳へはいった。

平蔵は、岩造に元締衆の宴席の顔ぶれを洩らした者がいると睨み、お(くめ 35歳)から岩造とおの仲をひそかに訊きだしていたのである。

火盗改メ方が岩造とおを引き立てた2日後の読みうりの大見出し--、

〔蓑火〕の犯行は歴然。7分盗(と)りの3分残し


蓑火〕の喜之助という首領は、武田信玄公の「六分七分勝ちは十分の勝ちなり。八分の勝ちはあやうし。九分十分の勝ちは味方の大負けの下づくりなり」という軍法に惚れこんでいた。

だから盗みも、盗賊仲間で名を高めるには、押し入った先から奪うのは、「六分か七分にとどめる」と公言しているとおり、〔草加屋〕では、850両の有り金のうち、数えたように595両を持ち去り、255両が残されていた。

参照】2009年1月28日[〔蓑火(みのひ)と〔狐火(きつねび)〕] (

賊徒を引きいれたのは、飯炊きとして昨秋、請宿(うけやど)・亀井町の堀ぞい:竹森稲荷(現・中央区小伝馬町194)横の〔天狗屋〕茂兵衛が入れた男・岩造(53歳)であった。

〔天狗屋〕茂兵衛のいい分によると、小諸から江戸へ仕入れにきて、〔草加屋〕に宿泊していた細面で小柄な中年の客・太物商〔亀屋〕五兵衛の頼みであったと。

五兵衛と〔草加屋〕のお(しん 33歳)との情事は伏せてあるばかりか、紙面を大きく占めた賊に縛られたおの仇婀(あだ)な絵姿は、数等上の美婦に描かれており、おの自慢となった。

耳より〕の紋太が案じ、刊行した「[江戸名物読みうり]のお披露目の大枠を〔草加屋〕が買い占めつづけてくれたという。


参照】2010年7月1日~[〔殿(との)さま〕栄五郎] () () () () (

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コメント

読みうりの紋太さんを手配していたのは、平蔵さんの噂ひろめの奥の手でしたね。
この読みうりがどんな波紋をよぶか、興味津々です。

投稿: tomo | 2010.07.04 04:42

>tomo さん
今朝は静岡の〔鬼平クラス〕に出講なので、早めの朝食です。
平蔵が〔耳より〕の紋次になにをささやいたか、ちゅうすけも聞いてはいないのですが、まあ、他人の災害の事件は、それこそ、対岸の火事は大きいほど面白いのたとえどおり、江戸庶民の関心を牽き、読みうりはけっこう売れたでしょう。

紋次は思惑どおり、自分が板元の[江戸名物読みうり]のお披露目枠(広告欄)へ、ちゃっかり、〔草加屋〕の女将・お新から長期契約をとった。抜け目がありません。

投稿: ちゅうすけ | 2010.07.04 07:17

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