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2011.05.20

[化粧(けわい)読みうり]相模板(3)

「早すぎたようだな」
押切坂を上lりきり、立場(たてば)と一里塚が見通せるところで、平蔵(へいぞう 37歳)が、供の松造(よしぞう 31歳)に、〔津多(つた)屋〕へ荷を預けてくるようにいい、
「左手の丘の上に社(やしろ)があるようだ。参拝していこう」

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(左の押切川から右の中・緑○=梅沢立場。その右の赤○=一里塚。上の赤○の上に東明神 道中奉行制作『東海道分間延絵図)


松造が荷を置きにいっているあいだに、平蔵は通りがかりの村人をつかまえ、社のことを訊いた。
東(あづま)明神と、社号だけはわかった。
相模の海(現・横須賀)沖で、荒浪を鎮めるために身を沈めた弟橘媛(おとたちばなひめ)の流れついた櫛を祀っているともいわれた。

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(弟橘媛の入水 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)


松造と枯れ草で覆われた参道をのぼっていくと、塗りのはげた鳥居と小さな拝殿があった。
拝殿の縁側の端で、目つきの鋭い若者が2人、花札で遊んでたが、平蔵たちの姿に、あわてて本殿のほうへ消えた。

かまわずに賽銭をあげたが、拍手を派手に打ってはさっきの2人が間違えて飛び出してきそうなほどまわりが静かなので、掌をあわせるだけで、一家安全、職掌順調を祈願した。

参道を下ると、東から〔馬入(ばにゅう)〕の勘兵衛(かんべえ 54歳)が若い者頭(がしら)の洋次(ようじ 35歳)と連れだってきていた。
むこうも2人をみとめ、〔津多屋〕の入り口で待った。

供は1人だけと、〔宮前(みやまえ)〕の徳右衛門(とくえもん 59歳)に釘をさされたため、寅次(とらじ 18歳)たちは、いざにそなえてそこここに伏せていよう。

それは〔高麗寺(こうらいじ)〕の常八(つねはち 35歳)の側も同じであろう。

血気にはやった若い者同士のもめごとをとうぜん予想し、〔宮前〕側もその止め役を若いのを待たせているに違いない、と平蔵は読んだ。

奥座敷へ案内されてみると、〔高麗寺〕はすでに着座し、[化粧(けわい)読みうり]を手に、徳右衛門から説明をうけていた。

平蔵には、上座が用意されており、右手に〔宮前〕側、左手に〔馬入〕とならんで〔高麗寺〕、それぞれの後ろに従者がひかえた。

徳右衛門が改まり、まず、かけた声に応じてくれた礼と、平蔵を紹介した。
長谷川さんは、火盗改メのご用で嶋田宿へお出張りのお帰りだが、相模の街道筋の繁盛をこころがけてくださり、江戸からわざわざ、金儲けのたねをおとどけくださった」

京都と江戸での[化粧(けわい)読みうり]は10年つづいており、香具師(やし)元締衆が仲よく利をわけあっておる。
そにことをしった宇都宮の〔釜川(かまがわ)の元締も気のきいたのを〔音羽(おとわ)〕の元締のところで修業させ、いまでは野州一円で利をあげいいる。

おととい聞いたところでは、嶋田の〔扇屋(おおぎや)〕の元締も、岡部から掛川までの元締衆との語らいをはじめているらしい。跡取りはすでに〔音羽〕の世話になっているとか。

どうであろう、街道ぞいの藤沢、平塚、小田原もいっしょになって利をかせいでは---。
うちでは、18歳の孫に後見をつけて、〔音羽〕のに仕込んでもらうことにしているが---」

まっさきに〔高麗時〕の常八が賛意を発した。
若いだけあって、時代の流れを読むのにぬかりはなかった。

長谷川さまの案なら、まちがいありゃせんです」
馬入〕の勘兵衛の声をだした。

平蔵が、
「両貸元にご賛同いただけたようだから、わざわざきている一家の衆を、まず引き取らせてもらおうか」

馬入〕と〔高麗寺〕に付き添っていた両小頭が小腰をかがめて出ていった。

両小頭が戻ってくる前に、平蔵が〔宮前〕の徳右衛門に語りかける感じで、
「[化粧(けわい)読みうり]は、大店からのお披露目枠の買い上げでなりたっております。しかし、老舗の中には、いまさらお披露目などしなくても---という店主もいましょう。お披露目がどれほど効きめが大きいか、貸元衆の係りとともに、[読みうり講]をつくり、江戸や京都でお披露目枠をつかっている店の話を聞きがてら、江戸見物、京見物を仕組んではどうですか」

「うまい。大店の跡継ぎを講に誘い込み、世間をみせるというのがな」
宮前〕の徳右衛門は、改めて平蔵の案出しの能力に瞠目するとともに、旅籠や飯屋、華街からの戻し金を暗算していた。

「化粧師の仕込みもしておかないと---。これも江戸の権七に手配させますから、16,7歳の気がきき、ととのったを---」
平蔵が化粧師を白粉屋に置くことを提案した。

小頭たちが戻り、顔が揃ったところで、酒と土地(ところ)の名物・あんこう肝の共和(あ)えがでた。
「いついつまでも、和(なご)やかに---」
彦右衛門の呼びかけに、一同か和した。

「酒は六ッ(午後6時からと決めておるので、失礼して、あんこうを---)
平蔵は、徳右衛門に断り、共和えに箸をつけた。
里貴(りき 38歳)の、骨がない躰みたいな感触だ)


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