別刷り『剛、もっと剛(つよ)く』(5)
「そうではないぞ。この絵草子の話がおきてから、ずっと勘算をくりかえしていた」
茶寮〔季四〕での歓談がおわり、亀久町の家へ落ち着き、奈々(なな 18歳)が腰丈の閨衣(ねやい)に着替え、平蔵(へいぞう 40歳)も袴をぬぎ、浴衣で冷や酒を酌みかわしはじめたとき、
「昨宵、うちを抱きながら、勘算してはりましたんやろ」
うらみ言(ごと)を吐かれた。
歓談の座で、平蔵が別刷り『剛(ごう)、もっと剛(つよ)く』のさばき方について、あまりすらすらと述べたものだから、奈々がつい、愚痴ったのであった。
それぞれのお披露目扱いの元締衆に、500冊の半分は廻り貸本屋分としてのけておく。
1冊の『剛(ごう)、もっと剛(つよ)く』の売価は50文(2000円)、
卸値は30文(1200)円)、
廻り貸本屋への渡し価は36文(1440円)。
いずれも前金全納。
薬の荒利は、5割5分(55パーセント)、ただし送賃は荒利から差し引き。
廻り貸本屋への渡しはおなじく3割6分(36パーセント)
いずれも前金全納。
平蔵が釈明したとおり、計算は早くからすすめられていた。
まず、多岐(たき)安長元簡(もとやす 31歳)医師への原稿依頼とその稿料の打診があった。
「なに、塾生たちが遊びの金ほしさに書きくずしたものを手なおしするだけだから、稿料なんか無用です」
安っさんのいい分に、
「それはいけない。清書するだけでも字のきれいな塾生に小遣いをわたしてやらねば---」
じっさいは、三ッ目屋に残されていた板木を引きとり、使えるところに長谷川伯好(はっこう 72歳)が描きためていた旧稿を選んで配置したのであったが。
1両2分(24万円)ときめ、支払いは『剛(ごう)、もっと剛 (つよ)く』の代金が半分は入ったときということにした。
問題は、刷り部数の読みであった。
江戸の8人の元締の部数はすぐにきまった。
500冊を予約した元締が5人、300冊が3人---小計 2,4000冊。
いいだしっぺの西駿河と東遠江の3人は各300冊---小計 900冊。
京都の〔左阿弥(さあみ)〕の角兵衛---300冊。
下野の3人---各200冊で600冊。
相模の3人---各200冊で600冊。
【参照】2011年5月18日~[[化粧(けわい)読みうり]相模板 ] (1) (2) (3)
〆て---5,700冊(これは有料分)
ほかに献本分もふくめて無料分が100冊---無料とはいえ、紙代、刷り賃、製本代はかかる。
最終価格は50文(2000円)だが、元締衆への卸価格は30文(1200円)だから、原価を20文(800円)におさえないとやっていけない。
原価と卸値との差額10文(400円)の内訳だが、まず〔耳より〕の紋次(もんじ 42歳)の進行役(いまふうにいえば編集・プロデュース料)3文(120円)乗ずることの5,700冊=17,100文(3両1朱 49万万円)。
板元の権七に3文(120円)乗ずることの5,700冊=17,100文(3両1朱 49万円)。
(これには元締衆のところまで絵草子をとどける運賃も含まれておるから、半分ものこるまい)
あとの4文---22,800文(4両1朱 65万円)は予備のため。荷傷み分の補填とか伯好へ画伯への稿量やなんやかや。
肝心かなめは、20文で絵草子がつくれるかどうかだが、刷りと紙代と製本料は部数次第。
問題は板木づくり。
このごろは多色刷りがあたり前になっているから板木料もかかるが、これを10文(400円)以内におさめるのに苦心した。
「ちょいと、蔵(くら)さんの取り分を聴いてぇへんけど---」
「ああ。骨折り損のくたびれ儲け---とは、よくいったものよ」
「あいかわらずの欲のないお人---だから、好きなんやわぁ。さ、頭がからになったんや、こんどは下をいっぱいに働かせる番---」
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