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2011.12.07

〔化粧(けわい)読みうり〕の別刷り(2)

湯を誘われて、
「ここは、おんな客と男客が共風呂をすることを許すような宿ではなかろう」
「風呂とは申しておりません。湯です」
「------?」
「お浸かりになれば、納得なさいます」

三津のいい分によると、大きな荷運び船で入り津した上方の大店の重職方のほとんどが、呼んだおんなと共風呂をしたがるが、朱印引きの内側の町家では防火のために内風呂が禁じられていた。
禁令の抜け道はあるものである。

_150_3早くも浴衣の胸元をひろげ、乳首をこぼしていた。(お三津のイメージ 清長)

「共風呂を許すような宿ではあるまいとおっしゃいましたが、嶋田宿で一番の格式の本陣の女将にむかい、添い寝のおんなを呼んでほといとお求めになるお武家さまは珍しくはございません」

話しながら、浴衣の下の桃色の湯文字をぬく。

ここでいい争っては、宿の者やほかの泊まり客が耳目をそばだてるだけだと観念し、平蔵(へいぞう 40歳)も用意してあった浴衣に着替えた。

三津が慣れた手つきで脱衣をたたんだ。

広い流し場と2人が浸かれる湯桶があり、一見はふつうの湯殿と変りなかった。
ただ、湯桶の上に大きめの樋口が突きでていた。

2人がかけ湯をつかうと、その水音を待っていたように、外から湯加減をたしかめる声がかかった。
「すこし、冷(さ)め加減---」
三津の返事が終わらないうちに、外で水音がし、樋口から湯が流れでてきた。
桶2杯分の湯が足されたところで、また湯加減が訊かれ、「ちょうどいい---」の返事をうけて、足音が去っていった。

三津が口を寄せ、
「のぞき穴が仕掛けてあるのです。すべては湯桶の中で---」

横並びで浸かり、湯の中でお三津の手が股間をまさぐりながら、
「さきほど座敷で、〔置塩(おきしお)〕の女将、とおっしゃいました。お調べになったのですね?」
「あのときの探索をお申しつけになった火盗改メの、(にえ) (壱岐守正寿 45歳 境奉行)さまからうかがった」

途端に、湯の中でまさぐっていた掌がにきりしめてきた。
「気になさっていてくださって、うれしい」
「ずいぶん前の話だ、さまはいまは境のお奉行だ」
「それでも、うれしい」
股間がお三津の掌の中で反応しはじめた。
平蔵は手を腹の前で組み、動かしはしなかった。

「播磨の赤松家の置塩城にかかわりがあった家柄なのだな。置塩の赤松といえば、室町以来の名家なそうな」
「それこそ200年もむかしのことです。おんなには、むかしより今が大事---」
あいかわらず、横ならびのままでいい放った。

それには応えず、平蔵は思案していた。
(滅んだとはいえ室町以来の名家の後裔のむすめが、香具師(やし)の元締の後継ぎと寝ておる。それでいて江戸へきて、われを誘(いざな)っおる。家柄というものはいったいなんであろう? また、香具師の後継ぎの金かせぎの片棒をかつごうとしておるわれは、どういうことだ?)

「出(あがり)ましょう。わたくしのほうも待ちきれなくなっています」
(男とおんなのあいだには、家柄も世の移り変わりもないということか? 世の移り変わりに背を向けつづけてきた百済渡来の貴志村の人びとの高潔なことよ)
平蔵は、奈々(なな 18歳)に想いをいたし、恥じた。
初めての想いであった。


陽がだんだんと長くなり、酒盃を伏せた六ッ半(午後7時)ころ、ようやく外が暗くなってきた。
屏風のむこうに延べられた布団の脇に、櫓炬燵が2ヶ、使う人を待っていた。


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コメント

塩置---いつか見たような氏だと気にはなっていたが、そうでしたか、赤松氏の流れの名家でしたか。ぼんやりと思い出しました。
お三津の奔放な性意識に平蔵が(家柄というものはいったいなんであろう?)と感慨するのもわかります。知り合いに元華族の出で、3度離婚した女性がいますから。

投稿: 左兵衛佐 | 2011.12.07 08:33

>左兵衛佐 さん
じつは、ちゅうすけも嶋田宿の商店図などに本陣〔中尾(置塩)藤四郎)など表記してあったので、(置塩)で門口に客寄せの盛り塩をしているってことか、ぐらいにおもっていたのです。
ところが、長谷川家に養女した三木をしらべいるうちに、置塩氏に出くわし、おどろいた次第です。

投稿: chuukyuu | 2011.12.07 11:09

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