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2011.12.06

〔化粧(けわい)読みうり〕の別刷り

おもいもかけない人物が下府してきた。
東海道・嶋田宿の本陣〔中尾(置塩(おきしお)〕若女将・お三津(みつ 25歳)であった。
いや、本陣の女将としての用件ではなく、西駿州・遠州板〔化粧(けわい)読みうり〕の板行元としての細事の用向きが口実となっていた。

そう、口実といういいまわしのほうがありように近かった。

大本(おおもと)の板元人・〔箱根屋〕の権七(ごんしち 53歳)が、お三津が入府して大川端の旅亭〔おおはま〕へ宿をとってい、今宵、下城時に宿でお立ちよりを待っていると言付(ことづ)けてきた。

A_360
(旅亭〔おおはま] のある北新堀大川端)


〔おおはま〕といえば、大きな荷積みに便乗して上方からやってくる大店の番頭などが定宿にしている高級な宿であった。

平蔵(へいぞう 40歳)が顔をだすと、待ちかまえていたように番頭が一と部屋しかない2階へ案内した。
湊(みなと)の入り船が見渡せる、宿でもっともいい部屋であった。

浴衣を羽織ったお三津が、大店の旦那風の上等の着物をきちんとまとった権七と待っていた。

3年ぶりの再会であった。
三津は、年増ざかりらしくふっくらと肉がつき、濃艶さが増していた。
(男ができたな)
直感が走った。

久闊を叙するのもそこそこに、
「『医心方 第二十八 房内篇』の[好女(こうじょ 床上手(とこじょうず)なおんな)]はどなたがお書きですか?」
顔を赤らめることもなく訊きいてきた。

権七がかすかに笑った。
平蔵がくるまで、それを話題にしていたらしかった。

「『房内(閨 ねやごと)篇』がどうかしたか?」
「化粧のとは別に、[好女]ごとだけを書いた読みうりはつくれないかと、お披露目枠を取り仕切っている西駿河の元締衆が望んでいらっしゃるのです」

【【参照】2010年12月22日[医師・多紀(たき)元簡(もとやす)] (

「急先鋒は、〔(おおぎ)〕の万次郎(まんじろう 54歳)であろう?」
万次郎の家業は、大井大明神の宮前で遊女屋に近いことをしていた。

「いいえ。息子の千太郎(せんたろう 28歳)さんのほうです」
(は、ははは。いまの情人を白状してしまった---[読みうり]が取りもった縁だな)
三津は、出戻り、というか、亭主の浮気に愛想をつかし自分のほうから離縁を申しでた。


「書き手は、立派なお医師さまで、躋寿館(せいじゅかん)という医学校の教頭先生だ」
「もし、長谷川さまができないとおっしゃったら、わたしがその教頭先生とかけあいます」
「できないとはいってない。ただ、〔読みうり〕ではなく、絵草紙(えぞうし)になるな。もちろん、お披露目枠もつける。精を強める薬とか、月のものをただしくする薬などが枠を買う」

権七が合点した。

さん。明日夕刻でも、元締衆と躋寿館(せいじゅかん)の多岐元簡(もとやす 31歳)先生に、そうだな、小料理〔蓮の葉〕へでも集まってもらい、〔置塩〕の女将どのの案を練ってもらおう」

こころえた権七が、
「手くばりがありますから---」
引き上げた。

さま。湯をあびましょ---櫓炬燵(やぐらごたつ)も頼んであります」

参照】2011年5月13日~[本陣・〔中尾〕の若女将お三津] () (

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コメント

『医心方 房内篇(閨 ねやごと)』の[好女(こうじょ 床上手(とこじょうず)なおんな)] そんなくだけた一本ができたなら、のぞいてみたい気はしますが、のぞいてもそういう相手が見つかるかるはずもなく、かえって不満がたまるでしょうな。

投稿: 左兵衛佐 | 2011.12.07 08:26

>左兵衛佐 さん
たしかに。まあ、女性の側からいえば、好女に育てるのは男性の責任、ということでしょうな。

投稿: chuukyuu | 2011.12.07 10:50

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