辰蔵の射術(8)
「ううっ---父上---怖い」
躰の芯に、これまで体験したことのない異様な快感をおぼえた丹而(にじ 12歳)が、処女の直感であろう、危険をさとり、おもわず父を呼んだ。
そのつぶやきに、辰蔵(たつぞう 13歳)の脳裏にも、弓術の師・布施十兵衛良知(よしのり 39歳 300俵)の謹厳な顔がよぎった。
丹而は十兵衛良知の長女であった。
名は、天空の美しいかけ橋---虹からあてられた。
年齢差がやや開いているのは、継室・於陸(りく)から生まれたからであった。
清楚な感じをいまなおたもっている継室は、田安家の家臣・平井八左衛門の次女であった。
八左衛門は田安家のために、紀州藩から江戸へ呼ばれた。
十兵衛が熟達していた弓術・日置(へき)流は、紀州藩でも主流であった。
於陸は、幼いときの怪我がもとで片脚に軽い障害がのこってい、婚期がすこし遅れた。
そのせいで難産で、つづいての2人も女児であった。
良知は、掌中の珠玉のようにいつくしみ、ひそかに婿養子を考えていた。
身を起こす丹而に手をかし、その衿元からもれた生臭い匂いをふりきり、座りなおした辰蔵が、問いかけた。
「話しというのをうけたまわりましょう」
辰蔵への丹而のほのかな想いを察知した父・十兵衛良知が、辰蔵が長谷川家の嫡男であることを理由に、今後、稽古にきても、茶菓の奉仕はもとより、汗ぬぐいの井戸水を汲むこともやめるようにいい渡したのだと。
「家では、もう、お会いできません」
丹而の目にまた涙があふれた。
「先生に背くことはできませぬ。しかし---」
「しかし---?」
「ここでなら、お会いできます」
「ほんとうですか?」
「一度か二度で終るとおもいますが---」
「なぜでございます?」
婆へ渡す小粒がつづかないとはえなかった。
「修行のさまたげになります」
「ただお会いするだけでも---?」
「会えば、口をあわせたくなります。乳房にも触れたくなります。拙は我慢できませぬ」
「うれしいお言葉。では、こんどは、いつ---」
「黒い握り革をした稽古日のあくる日の八ッ(午後2時)にここで」
「黒い握り革の翌日---でございますね。きっと参ります」
双眸(りょうめ)をとじた丹而が口をさしだした。
抱いた辰蔵があわせると、なんと、丹而の半びらきの唇から舌の先をだしてきた。
感じた辰蔵も先端で応えた。
しばらく先端同士でたわむれているうち、自然に丹而の舌が深くさしこまれた。
あえぎはじめた丹而は、もう、
「父上--」
とはうめかず、抱きついた腕に力をこめた。
(鳥居清長 イメージ)
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