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2011.09.26

駿馬・月魄(つきしろ)(2)

「月魄(つきしろ)はまだ育ちざかりの若駒であることを、忘れるでないぞ。知識欲はさかんだが、4肢の骨がまた大人になりきっていない。無理をさせてはならぬ」
調教に、本所・亀沢町の馬場へ連れ出すのを日課にしている辰蔵(たつぞう 15歳)に、口をすっぱくして与える平蔵(へいぞう 40歳)の助言であった。

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(赤○=本所・亀沢町の馬場 近江屋板)


「尼どのの送迎には、坂の多い道を選べ。坂の登りで若駒は心の臓が強くなる。坂一つの登りは平馬場の5周よりききめがある」

「平馬場の調練は、月魄のためではない。騎射の時のおぬしの躰のぶれを小さくするためと心得よ。いつも、弓手(ゆんで)に弓をたずさえておくことを忘れるな。月魄に騎射のこころがけを覚えさせるのだ」

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(馬喰町馬場 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)


「尼どのの送迎には、なるたけ甘い会話にはげめ。聴いている月魄のこころがなごむし、雌馬を乞うことも早くなろう。なにしろ、おぬしは14歳で身ごもらせた仁じゃ」

「寝わらの代わりにオガクズを敷いてやれ。寝わらを食(は)む悪癖がつかない。オガクズは3日ごとに新しいものに取りかえよ」
これは、馬丁の幸吉(こうきち 20歳)への命令であった。
生家の馬小屋でおぼえたことを一つずつ訂(ただ)した。

「飼料を与えすぎて太らすでないぞ。牧草のほかに燕(えん)麦もあたえよ。燕麦は馬喰町の飼料屋で訊け。水は餌の4倍はのませてやれ。かならず新しい水道の水だぞ」

築地(埋立地)が多い本所・深川あたりの井戸水は、臭みがあり澄んでもいなかった。
川向こうの右岸から水道が引かれたが、水売りの水も買っていた。

「どんなことがあっても、月魄をぶってはならぬ。もし、ぶったことがわかったら、その方を百叩きして追放する。言葉でおしえれば、月魄はすぐにのみこむ」
馬は、記憶力が高い生き物なのである。

ただし、月魄に58両1朱(929万円)支払ったことは一度も口にしなかった。

厩舎で顔をあわせるたびに首すじをぽんぽんと軽く叩いてやりながら、
「お前は賢い子だ。もっと賢くなれる」
いい聞かせた。

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コメント

そうですかぁ、良馬は当時でも1000万円近くしたんですね。今もあまり変わりはありませんね。

投稿: numapy | 2011.09.26 09:50

>numapy さん
馬の寿命って、3歳馬で人間の14,5歳ってことだと、5の係数で考えるべきでしょうか。
犬はドッくズ・イヤーで7の係数でしたね。
当時、人生50年といわれていましたから、3歳馬があと働けるのは7年か。ちょっと短かすぎますね。1000万円を7年で割ると、1年あたり140万円前後。
騎馬武士も楽ではありませんでしたね。

投稿: ちゅうすけ | 2011.09.27 08:51

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