筆頭与力・佐嶋忠介(5)
どういうはずみで話題が館(たち)の姓へおよんだのか、宴が終わってみるともうおもいだせないほど、どこかで{飛躍したのであろう。
火盗改メ・本役を勤めている先手・弓の1番手の筆頭与力・佐嶋忠介(ちゅうすけ 50歳)が、
「かつてお父ごからうけたまわったことがあったが、館うじの姓、〔たち〕と読むのは加賀あたりだけだそうですな」
「はい。会津や陸奥では〔たて〕と読んでいるようで、亡父から聴いておりますかぎりでは、加賀でだけが〔たち〕と……」
館 朔蔵(さくぞう 32歳)の応えに、奈々(なな 20歳)が口をはさんだ。
「紀州にも上館(かみだち)ゆう村がおます。なんでも昔むかし、高麗のほうから渡ってきいはった偉い人の屋敷があったよっての地名やいうことだす」
それまで筆頭同士の話ふりを興味ありげに聴いていた平蔵が割ってはいった。
「佐嶋うじのご先祖はいずこですかな?」
「はい。相模の三崎(みさき)の佐島村です」
「すると、北条どのの……」
「軽輩だったようです」
「三浦郡(みうらこうり)の佐島村には〔山〕がついておらなかったように記憶しておるが……あのあたりは、たしか、江川(太郎左衛門 たろざえもん)どの支配の官領地――」
火盗改メに任じられて1ヶ月も経っていないのに、伊豆の漁村の代官支配地までもう記憶してしまっていることに、佐嶋は内心おどろいていた。
(うちのお頭(かしら)とはひと味もふた味もちがうご仁のようだ)
「嶋と島の使いわけですが、〔山〕がついた嶋は山の国の不便な土地、〔山〕のつかない島は海とか湖にか決まれた本来の島と聴きおります。したがいまして、先祖は三浦岬の山中に住していたものと想像しております」
「そうかの? 宝の山と申すぞ。佐島村の中でも宝を生むもの――銀山か金山を所有なさっていたので、ご先祖が〔嶋〕の字をお使いになったのであろうよ」
「不肖の子孫で、お恥ずかしいかぎり」
「巷では、鬼も恐れる火盗は強者(つわもの)ぞろい、中でも猛(たけ)きは佐嶋の忠介、弓の一番しょって立つ――と童たちまでが囃しておるそうな。これからも精をだし、ともに努めましょうぞ」
「こちらこそ、よしなにお導きを」
平蔵のような外れ者がどうして火盗改メ・助役(すけやく)に任じられたのかわからない――と、佐嶋忠介の上司である組頭の堀 帯刀秀隆(ひでたか 51歳 1500石)が洩らしていると耳にしていた佐嶋筆頭与力としては、いつ平蔵からそのことを切りだされるかとひやひやしていたが、その気配がまったくなかったばかりか、自分がもちあげられたので、安心して最後の盃を口へ運べた。
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