佐嶋忠介の印象の形成
池波さんは、筆頭与力・佐嶋忠介の印象をどのように造りあげていったか、関連箇所を抜粋して並べてみた。
読みすすむだけで、自分の中に佐嶋像が浮きあがってくるはず。
長官が堀帯刀から長谷川平蔵に代ったとき「おれは堀様がはなさぬので、おぬしを残しておくようにはからった」と小野十蔵へ告げた。[1-1 唖の十蔵]p28 新装p29
*この篇で小野十蔵は、〔野槌〕の弥平一味の〔下総無宿〕の助次郎を追っていた。
老巧の人物[1―4 浅草・御厩河岸]p141 新装p148
五十二歳にしては若々しく見える温顔。[浅草・御厩河岸]p142 新装p149
平蔵が役目についたのは二年ほど前からで、その前は堀帯刀(ほりたてわき)がつとめていた。
ちなみにいうと、佐嶋忠介は堀帯刀に属する与力であって、堀が盗賊改メのときはこれをたすけ、縦横に活躍した男で、
「忠介で保(も)つ堀の帯刀」
などと、うわさをされたほどであった。[浅草・御厩河岸]p142 新装p150
敏腕の前警吏[浅草・御厩河岸]p143 新装p150
「昨日から、おれは長谷川様御役宅内の長屋へ移っている」[浅草・御厩河岸]p143 新装p151
誠意をこめた火のような舌鋒をもって説きすすめる佐嶋の情熱に、
(御公儀のお役人にも、このようなお人がいたのか……)[浅草・御厩河岸]p145 新装p153
平蔵の代行を与力の佐嶋忠介がつとめるかたち。[2―1 蛇の眼]p29 新装p31
長官がいいださぬことを訊き出そうとするような男ではない。[蛇の眼]p30 新装p31
与力の佐嶋忠介が、
(この男なら、やれる)
と、(〔ぬのや〕の弥市に)目をつけたからである。
一年後。佐嶋与力によって感化された弥市は〔密偵〕の役目をおびて牢から出され、[2―5 密偵]p199 新装p210
そこで佐嶋与力は、はじめて和やかな表情となり、
「ま、久しぶりだ。一緒に蕎麦でもやろう。ここの天ぷらはうまいぞ」[密偵]p205 新装p216
佐嶋の声には真心がこもっている。うわべだけのものでないことは、この五年間のつきあいで、弥市はしみじみと思い知っている。[密偵]p205 新装p217
あわただしく駈けわたって来た彼の人生において、佐嶋忠介と出会ったことが、仲間への裏切りを決意させ、皮肉なことに、生まれてはじめての〔家庭の人〕となり得たのである。[密偵]p206 新装p217
「独身(ひとりみ)では却(かえ)って怪しまれようし、それに、お前を一生、この仕事にしばっておくつもりはないのだよ」
[密偵]p207 新装p218
「私の密偵です。あのぬのやにいる者の顔はすべて見とどけてあります」[密偵]p217 新装p228
「ともあれ、この役目は佐嶋にしてもらわねばなるまい。佐嶋も厭な役だが……」[密偵]p231 新装p243
(四谷の)組屋敷から与力の佐嶋忠介が先ず、馬を飛ばして駈けつけてきた。[3―6 むかしの男]p274 新装p287
久栄は、老巧の佐嶋与力のみをわが部屋へ招き、近藤勘四郎のことをさしさわりのない程度に打ちあけた。[むかしの男]p275 新装p287
佐嶋忠介の命令一下、山田市太郎と酒井祐助、小柳安五郎、竹内孫四郎の四同心が身支度をととのえた。[むかしの男]p279 新装p292
「悪党どもを捕らえるのでございます。何のしんしゃくが要りましようや」[むかしの男]p280 新装p293
「かまわぬ。火をつけろ」
と佐嶋かいいはなったものだ。
「よ、よいのですか?」
これには、山田同心もびっくりしたらしい。
「荒っぽいのが火盗改メの名物よ」
いつになく、佐嶋は興奮している。[むかしの男]p282 新装p296
近藤勘四郎をはじめとする曲者四人は、長谷川邸内の土蔵の中へ押しこめられ、かたく縛りつけられたまま、取り調べもされずにおかれてあった。
これは佐嶋忠介の命令によるもので、[むかしの男]p286 新装p299
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コメント
平蔵の右腕
平蔵が思う存分に働けるのもこの人がいてこそ。
平蔵が一目置いている男
平蔵と対に酒が飲める男。
寡黙だが気配りが出来しかし出すぎない男。
酒が好きだが飲まれる事はない男。
非番の時には日中から飲み始めて夜に入るまでの間に、およそ三升も飲む事もあると池波は書いている。
「飲めるものなら毎晩でものみたいが、それを控えている」というとてもじゃないが私には出来ない。
与力筆頭に相応しい仕事をクールにこなしている感じ。
投稿: 靖酔 | 2006.04.04 19:03
3升ですけれど、当時の酒の度数は、いまの1/3前後らしいですよ。
いまの1升なら、靖酔さんも50代の休日前夜にはお飲みだったのでは?
投稿: ちゅうすけ | 2006.04.05 15:54
[10-6 消えた男]の佐嶋さんも好きです。温厚寡黙な佐嶋さんが、気ごころが通じ合い、胸の内をゆるし合っていた高松繁太郎相手に、一刻半も語るところ。かっては、「やる気がない長官の下にいた、やる気のある佐嶋さん」の現在の充実感がうかがえる様な気がします。
投稿: パルシェの枯木 | 2006.04.05 16:36
>パルシェの枯木さん
そうですね。[10-6 消えた男]のころになると、もう、読み手の中に、完全な佐嶋忠介像ができあがっていますね。
それをふまえての、[消えた男]の作劇ですね。
投稿: ちゅうすけ | 2006.04.05 17:12