〔墨斗(すみつぼ)〕の孫八
『鬼平犯科帳』文庫巻13に収録の[墨つぼの孫八]のタイトルにもなっている首領。「通り名(呼び名)」のゆらいどおり元・大工。
年齢・容姿:50歳直前。小柄だが筋肉質できびきびした動作。肌の色が黒い。
生国:武蔵国豊嶋郡(としまごおり)板橋宿(下板橋か上板橋かは不明)(現・東京都板橋区板橋)。
(板橋駅 『江戸名所図会』より 塗り絵師:ちゅうすけ)
板づかいの橋だから「板橋」
探索の発端:竪川にかかる二ツ目の橋を南から北へわたろうとしていた女密偵おまさに、〔墨斗(すみつぼ)〕の孫八の方から声をかけてきた。7年前に、〔墨斗〕の江戸でのお盗めにおまさが引きこみとして助(す)けたことがあったのだ。
(参照: 女密偵おまさの項)
岡部の旅籠の女中に産ませた子にまとまった金をのこしてやるための盗めを、亭主の〔大滝〕の五郎蔵ともども手伝ってほしいという。
(参照: 〔大滝〕の五郎蔵の項)
ひょんなことから、鬼平までが〔墨斗〕を助(す)けることになったが、配下を信じきる〔墨斗〕の態度に、捕らえるにはちょっと惜しい人物とおもうようにもなっていた。
結末:狙いをつけていた通旅籠町(大伝馬町3丁目の俗称)の神仏具店へ押し入るため、近くの朝日稲荷に一味が集まったとき、〔墨斗〕の孫八は、脳内出血の発作で倒れてしまい、意識がもどらないまま、4日後に成仏した。
一味の4人は、稲荷でそのまま逮捕。2年前に、上州・高崎の紙問屋を襲って得た1,200両を、〔墨斗〕を裏切ってネコババした〔名瀬〕の宇兵衛と浪人3人もあわせて捕縛。いずれも死罪であろう。
つぶやき:〔墨斗〕の孫八は、7歳のときに、板橋で古着屋をしていた父親が腹の激痛で狂ったように苦しんだすえに死んだのを見ている。さらに、6年のうちに兄弟2人と母親も病死。
それで、病いによる死を極度に恐れてい、逮捕されて死罪の宣告で打ち首になるほうを望んでいたから、脳内出血の発作による突然死は、孫八には幸いだったといえよう。
あるとき、『週刊朝日』[ひと、死に出あう]という欄に、エッセイ「名なしのほとけでかまわない」を寄稿したことがある(その文は同題で2000年1月25日刊の朝日選書に収録)。それに、「死の床での痛みと苦痛は医学が除去してくれるだろう---」と記した。
〔墨斗〕の孫八の病魔と激痛への恐怖は、ぼくの懼れでもある。
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コメント
「墨斗」の孫八の突然死は本当にラッキーです。
こうゆう死に方をさせてくれたのは、池波さんの孫八の配下への心根に対する思いやりなのでしょうか。
「死生観」にも色々あると思いますが概して「死」とは恐ろしいものです。
何故だろうと考えたとき、私はやはり臨終の激痛と苦しみなんです。(激痛の中で逝った人を看護しているので。)
医学の進歩は著しく昨年ホスピスで亡くなった友を見て「死」も余り怖くないなと思いました。
でも未だホスピスには入れるのは幸運なことです。
朝日選書のエッセイ是非探して読ませていただきたいと思います。
投稿: みやこのお豊 | 2005.02.20 23:15
>みやこのお豊さん
>「墨斗」の孫八の突然死は本当にラッキーです。
たしかに、そうですね。苦しまず、死ぬまでの4日間は意識がなかったのですから。
でも、駿河(静岡県)の岡部に遺されたお茂さんとわが子・由太郎への遺言も遺産金のあり場所も遺さずに逝ってしまいました。
だから、男の死に方として、入院1週間くらいで死ねるのがちょうどいい、ともいわれています。
銀行の暗証番号や生命保険の通帳のしまい場所、告別式へのz通知先、秘めておいたむかしのラブレターの焼却など、もろもろを伝達・手配・始末をする期間です。
もっとも、そう、うまくゆきはしませんが。
〔墨斗〕の孫八の場合、〔名瀬〕の宇兵衛たちが横取りしていた金の残り、床下に埋めてあった500余両のうちから、平蔵が200両ほど取りのけて、〔大滝〕の五郎蔵に、岡部へ届けさせた---
なんてことになりませんかねえ。
投稿: ちゅうすけ | 2005.02.21 09:06
ちょっとした謎をかける池波さん
「墨つぼの孫八」を読んでて気にかかったことがひとつ。
P.155(旧版)に「ちょっと、おもい立ったことがあるゆえ・・・・」と言い残して、平蔵はすぐ帰るといって、ひとり役宅を出て行ったという文章があります。
読むほうにしてはここで平蔵は何しに何処へと疑問と不安感が生じます。
結果は大工の棟梁長五郎へ話を聞きに言っただけなのに話の運びの上手さに感心します。
最後の「墨つぼの孫八」の死に対する五郎蔵、おまさ、無言の舟形、三者三様の思いがいいですね。
投稿: 靖酔 | 2005.02.21 20:21