〔州走(すばしり)〕の熊五郎
独立短篇[熊五郎の顔](『推理ストーリー』1962年2月号)に発表されているから、長編[雲霧仁左衛門](『週刊新潮』1972年8月26日号-1974年4月4日号に連載)の10年前の、雲霧一味ものである。
『雲霧仁左衛門』(新潮文庫 前後篇)
白浪ものとしては、『鬼平犯科帳』に先立つこと4年。
年齢・容姿:30歳ほど。丈5尺3寸(160cm前後)ほど。小肥りで色白く歯並び尋常。左耳たぶと左胸乳首の上に小豆大の黒子がある。
生国:近江国坂田郡(さかたごおり)醒ケ井(さめがい)村(現・滋賀県坂田郡米原町醒井)
探索の発端:〔雲霧I仁左衛門〕一味の四天王の1人---〔山猫〕三次が潜伏中の越後で捕縛された。
そのとき、もう1人の四天王---〔州走〕の熊五郎が「待っていねえ。きっと奪い返しにゆく」とつげて逃げおうせた。
火盗改メとしては、奪い返しにきた〔州走〕を捕まえるべく、武州・熊谷へ、与力・山田藤太郎一行が出張った。
その熊谷と深谷の間の新堀(にいぼり)の宿で茶店をやっているお延は、江戸で目明しだった亭主・政蔵を〔州走〕に刺殺されていた。
幕府道中奉行制作『中仙道分間延絵図』(部分)「新堀」
5日前、お延の店へ、かつぎ呉服商と称する男が倒れこんできて看病され、あげく、お延は躰をゆるしてしまったのである。信太郎と名のるその男の左耳たぶと左胸乳首の上に小豆大の黒子があった。
結末:逮捕され、唐丸篭に入れられた〔州走〕の熊五郎がお延の店の前をとおる。見守るお延の背後から名を呼ぶ声がした。館林や足利のお得意まわりをしてくるといって出て行って約束の日に帰ってはこなかった信太郎だった。
新太郎は双子として生まれ、貰い子にだされ、さらに売られたのだった。だから、双子の相方には会ったこともなかった。
つぶやき:池波さんは、5度も直木賞候補にあげられながら5度とも落ちている。そのたび滋味あふれる選評を語ったのが吉川英治さんであった。だからか、池波さんは、長谷川伸師についで吉川さんのことを崇敬していた。その吉川さんが、池波さんの候補作品に「ネタは大切に使いなさい」と選評した。
『雲霧仁左衛門』が[熊五郎の顔]を引き伸ばした作品とはいわないが、「雲霧仁左衛門」ものの準備は、10年前からされ、〔木鼠吉五郎〕も火盗改メ・安部四式部信旨も、作家の胸の中でずっと暖められていたのだとおもうと、襟をただしたくなる。
吉川英治さんの言葉は、そうとうに深い感動を池波さんに与えたようで、『文藝別冊 池波正太郎 歿後15年総特集』(河出書房新社)で、鶴松房次さんが、短篇から長編にしたものとして、[秘図]を『おとこの秘図』に、[賊将]を『人斬り半次郎』に、そして『真田太平記』をあげている。
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コメント
いま、『雲霧仁左衛門』(新潮文庫)を読みはじめたところです。
『雲霧仁左衛門』に先立つ〔雲霧〕ものがあったなんて、はじめて知りました。
[熊五郎の顔]は、どの文庫にはいっていますか?
投稿: 目黒の朋子 | 2005.02.04 11:05
>朋子さん
あ、『雲霧仁左衛門』を読みはじめましたか。朋子さんも、いよいよ、本格ショータリアンになってきましたね(ちなみに、シャーロキアンをもじった正太郎ファンのショータリアン、友人のイラストレイターの長尾みのるさんがぼくにつけたあだ名です)。
『雲霧仁左衛門』は、『鬼平犯科帳』を逆手にとった、盗賊の側の組織論なので、また、おもしろい。
[熊五郎の顔]は、『にっぽん怪盗伝』(河出文庫)に収録されています。いまでも、大きな書店の棚にはならべられています。
投稿: ちゅうすけ | 2005.02.04 11:51
池波先生が長谷川伸先生を終生の師を仰いで、敬慕されていたことは存じていました。
でも、吉川英治先生から励まされ、崇拝なさっていたとはぞんじませんでした。
人間、成長していくためには、師とのめぐりあいが大切なのですね。
投稿: 加代子 | 2005.02.04 14:03
州走の助五郎は捕らえられた山猫の三次を助けるために危険を承知の上で救出に出てくるなど盗賊としては義理堅い。
行商の信太郎は強引な性行為を決して軽はずみな行為でないことを白状し帰ってくる性格の似通った二人は一卵性双生児だったんでしょう。
人間は種は同じでも環境でどうにでも変わる良い例です。
それにしても最近の軽はずみな人間の犯罪をニュースで見る度に義理堅い昔の人を想像します。
投稿: edoaruki | 2005.02.04 14:24
>佳代子さん
池波さんは自我がかなり強い人ですが、長谷川伸師と吉川英治さんを崇拝することきわめて篤く、それだけ、ご両所も師としての器が大きかったのでしよう。
人生においてよき師から学べるのは、最高のしあわせですが、それには、師を尊敬する弟子であることがまず第一とおもいます。
edoaruki さん
義理がたさは、仲間や友とのあいだ、師と弟子とのあいだ、作者と読み手のあいだにもあるべきですね。
投稿: ちゅうすけ | 2005.02.04 15:23