〔大滝(おおたき)〕の五郎蔵(2)
「お竜(りょう)姉さんの口ぐせ---? (手がかりをのこさない)かなあ。それとも、(1000両あったら600両盗ればよしとする)だったかなあ」
お勝(かつ 40歳)が口ごもりながら、おもいだしていた。
お竜は33歳の秋、大津の近くの琵琶湖で溺死した。
平蔵(へいぞう 36歳)が盃を満たしてやった。
浮世小路の蒲焼〔大坂屋〕の2階であった。
白焼きをつまみながら、干した。
こんどはお勝が、平蔵に注いでから、平蔵の手をさえぎり、手酌した。
「なるほど、(手がかりをのこさない)か---盗人(つとめにん)側に当日も後日も損傷を一人もださない策を講じるということだな。『孫子』でいう、(国を全うするを上とする)の盗賊(つとめ)版というわけだ」
「(国を全うする)って?」
「接している国に対しては常に優位に立ち、こちらに側にどのような損害もださない、とでもいえばいいのかな。ところでお勝は、〔大滝(おおたき)〕の五郎蔵(ごろぞう 43歳)という小頭をしっておるか?」
「わたしはもっぱら引きこみ役で、お盗(つとめ)のときには内側から錠をあけて手引きをすだけでしたからお姿は見たことはありますが、口をきいたことはありません」
平蔵がうなずいたとき、仕事を終えたお乃j舞(のぶ 22歳)があがってきた。
平蔵が酒をすすめると、首をふった。
「そうだった、お乃j舞はやらなかったな」
父親が酒場で知りあったおんなを後妻にし、14歳のお乃舞と11歳の妹・お咲(さき)が島原あたりへ売られるところを、京都西町奉行所の与力・浦部源六郎(げんろくろう 51歳)の配下同心・長山彦太郎(ひこたろう 30歳)の口添えがあり、家を出られた。
【参照】2009年9月26日~[お勝の恋人] (1) (2) (3)
2009年10月26日[貞妙尼(じょみょうに)の還俗(げんぞく)] (8)
父親の酒ぐせの悪さを見ていたので、お乃舞は一滴も口にしなかった。
「それでは、ここで、夕餉をすますか?」
「今日のここの勘定は、わたしが持ちます」
「まかした。お乃舞、下で注文し、ついでに新しい銚子をもらってきてくれ」
お乃舞が下へ降りたのを見すまし、
「〔蓑火(みのひ)〕の喜之助(きのすけ 59歳)の口ぐせは? お乃舞には聞かせたくないであろうから、親類の爺ぃさんの言葉のようにして話せ」
お乃舞が新しい酒を平蔵とお勝に注ぎ、そのまま、お勝の横の座った。
「親戚の喜之爺ぃさんには、3年に一度ほどしか顔をあわせませんでしたが、図面が好きで、訪ねると、いつも、特別あつらえの眼鏡をかけても何かしらの図面を眺めていました」
「ほう、図面爺ぃさんであったか。おもしろい爺ぃさんだったのだな」
うなずき、あとは世間話にきりかえた。
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