お勝の恋人(2)
「下働き小おんなたちは、役立っているのか?」
お勝(かつ 明けて32歳)の疲労があまりに深そうなのが気になった銕三郎(てつさぶろう 明けて28歳)である。
「3人とも、14歳のむすめたちです。家のおまんまの助けになると、張りきって手伝ってくれています」
「しかし、教えることのほうが多いんじゃないのか?」
「みんな、生活(すぎわい)がかかって根性がはいっていますから、手くだはすぐにおぼえます。あとは、その娘(こ)の美しいものを賞(め)でる力が強いかどうかです」
「お勝は、そのような化粧(けわい) の手くだをどこでおぼえたのだ」
「かくべつに習ってはおりません。お竜(りょう 享年33歳)姉さんといっしょに暮らしているうちに、なんとなく身についてしまいました」
「お勝が、お竜からもらったものは、それだけ大きかったというわけだ」
銕三郎のことばに、涙ぐみかけたお勝が、気分を換えるように、
「銕(てつ)さま」
坐りなおした。
「む?」
「お竜姉さんが、私に乗りうつりました」
眸(め)の光がちがってきた。
「なんと?」
「お姉さんが私のことを好きになったように、私にも好きな子ができたのです」
「ほう---」
「14の子です」
「14歳? もしかして、手助けのむすめの中の---?」
お勝がうなずいた。
「14といっても、3日前に14になったばかりの子ではないか」
「おんなの子は、14になれば、惚れたはれたのこころができています」
お乃舞(のぶ)という名のその子から、うち明けられたのだという。
もうすぐ大晦日というので客がたてこみ、居残りをして帰りが遅くなった日、「話を聞いてほしい」といわれたので、近くの菜飯屋へつれていったが、人が聞いているところでは話せないというから、この家まで伴った。
口が軽くなるようにと、冷酒をだしてやり、お勝も呑んだ。
比叡おろしが雨戸を鳴らしたのが合図みたいに、お乃舞が、とつぜん、
「お師匠はんのこと、好きで、すきで、しょうおまへん」
泣きながら、むしゃぶりついてきた。
{お勝は、甲州八代郡(やしろこうり)中畑村の山の果樹園小屋で、お竜の手をにぎったのがきっかけで、睦みあうようになったときのことをおもいだした。
お竜がしてくれたことを、そのまま、お乃舞にしてやった。
【参照】2009年8月25日[:化粧(けわい)指南師のお勝] (2)
「銕(てつ)さま。私、どうすればいいのでしょう?」
「どうすればいい?」
「私、銕(てつ)さまも大好き。お乃舞もかわいい」
「それじゃあ、両方とも好きでいるしかあるまい」
「銕(てつ)さまは、それでいいのですね?」
「いいも悪いも、そうするより、ほか、あるまい」
「はい。ありがとうございます」
「躰をいたわれよ」
「うれしい」
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