お勝の恋人(3)
御節(おせち)を小皿にとりわけているお勝(かつ 明けて32歳)の仕草を見やりながら、銕三郎(てつさぶろう 明けて28歳)は、つい、お竜(りょう 享年33歳)のことを考えていた。
(生きていれば、いま、おれがこうして坐っている場所にお竜がいて、お勝の箸さばきを見ているんだろうな)
お竜は、去年の11月の初め、銕三郎に会うために、夕闇の中を彦根から小舟を出して大津に着く寸前に、突風にまきこまれて湖水に投げだされ、水死した。
知りあったのは、〔蓑火(みのひ)〕の喜之助(きのすけ あけて51歳)の軍者(ぐんしゃ 軍師)としての智力をつくしていたお竜に興味をそそられたこともあるが、おんなおとこ役という性の数奇さに興をおぼえたこともあった。
そして、29歳のお竜の最初で最後の男になった。
【参照】2008年11月17日[宣雄の同僚・先手組頭] (8)
14年前、14歳のときに、ぐうぜん知り合った〔荒神(こうじん)〕の助太郎(すけたろう 50すぎ)という盗賊の頭が、おんなおとこのお賀茂(かも 30すぎ)にややを産ませたことをしったからである。
【ちゅうすけ付言】〔荒神〕の助太郎は、文庫巻22[炎の色]の女賊〔荒神〕のお夏の父親である。
(これも言ってみると、なにかの縁(えにし)というものであろう)
つい、笑いを洩らした。
「なにがおかしいのです?」
「いや。お勝とも、ふしぎな縁だと、おもってな」
「お若い奥方がいらっしゃって、こんな婆ぁで、お困りなんじゃ、ないんですか?」
「知られないようにしないとな」
酒を2,3盃呑むと、お勝が床をのべようとした。
「あ、きょうはやめておこう」
「姫始めですよ。それとも、奥方となさるお約束ですか?」
「そうではないが、湯屋が開けておるまい」
「湯屋がどうか?」
「房事の臭(にお)いを洗いながせない」
「終わったあとで、そこをしっかり拭いてさしあげます」
「いや、ものだけではだめなのだ。房事の臭いは躰中に残るのだ おんなは鼻がきく」
そのときである。
「お師匠さん、お乃舞(のぶ)どすえ」
初荷用の半被(はっぴ)は家で脱いできたらしい、せいいっぱいの晴れ着すがたの14,5歳のむすめが、銕三郎を見てぎょっとたように立ちすくんだ。
(14,5歳のときのおまさに似ている)
黒くてぱっちりした双眸(りょうめ)のせいであった。
唇はお乃舞のほうがぽってりしている。
(そういえば、おまさも、明けて17のむすめざかりだ)
父親の〔鶴(たずがね)〕の忠助(ちゅうすけ 5Oからみ)が寝こんだことは、久栄(ひさえ 21歳)から聞いている。
「姫始めがきたようだ。おれは用なしだ」
つぶやいてた立ちあがった。
「いやな銕さま」
お勝は悪びれることなく、お乃舞に笑顔を向け、
「いのよ。お上んなさい。この家の家主の初瀬さまを引き合わせてあげます」
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