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2005.03.30

〔殿貝(とのがい)〕の市兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻6に収録の[剣客]に、駿河・遠江を荒しまわっている〔野見(のみ)〕の勝平一味で、本所・清澄町(切絵図は尾張屋板・近江屋板ともに「清住町」)の藍玉問屋〔大坂屋〕へ、引きこみに飯炊きとして入っている。
(参照:〔野見〕の勝平の項)

206

年齢・容姿:爺。大男。うすのろを装う。
生国:三河(みかわ)国加茂郡(かもこうり)殿貝津(とのがいつ)村(現・愛知県豊田市貝津町・大清水町・浄水町)

探索の発端:清澄町の藍玉問屋〔大坂屋〕の横手から出てきた浪人の袖に血がついているのを見た鬼平は、同心・木村忠吾に尾行を命じたが、忠吾はまかれてしまう。
〔大坂屋〕の横手奥から、同心・沢田小平次のうめき声がした。師の老剣客・松尾喜兵衛が斬殺されていたのだ。
松尾喜兵衛の葬儀もすんだ。手伝いにきていた密偵おまさが、〔大坂屋〕に近い万年橋を北へわたり、新大橋のたもとで、かつて助(す)けたことのある〔野見(のみ)〕の勝平一味にいた〔滝尻(たきじり)〕の定七を見かけ、〔大坂屋〕の飯炊きにはいりこんでいる〔殿貝(とのがい)〕の市兵衛と連絡(つなぎ)をつけているところまで押さえた。

930
藍玉問屋〔大坂屋〕(『江戸買物独案内』文政7年 1824刊)
(参照: 女密偵おまさの項)

〔相模(さがみ)〕の彦十が定七の尾行の成功、南千住の盗人宿をつきとめた。

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千住川 千住大橋(『江戸名所図会』より 塗り絵師:ちゅうすけ)

そこに、松雄喜兵衛を斬った浪人・石坂太四郎も潜んでいた。

結末:石坂浪人は沢田小平次との果し合いに斃れた。
南千住の盗人宿へつぎつぎに立ち現われた〔野見〕の勝平ほか、一味7名も待ち伏せていた火盗改メに縛られた。そうでないと、危険を察知して逃亡されるおそれがあるので〔殿貝〕の市兵衛は最後に逮捕。全員死罪だったろう。

つぶやき:[剣客]は、『オール讀物』1971年3月号に発表された。『剣客商売』の連載が『小説新潮』で始まったのは翌1872年の新年号からである。
『剣客商売』は、連載開始の大分前から創作ノートがきちんとつくられていたフシがある。推察するに沢田小平次と石坂太四郎の決闘は、その副産物として、連載9カ月前に書かれたのだろう。

もちろん、〔野見(のみ)〕の勝平や〔殿貝(とのがい)〕の市兵衛は、[剣客]のために創造された盗人であるが。

引きこみの飯炊きのような端役、そして実際に清住町に実在していた藍玉問屋まで、きちんと造形するところが、池波小説にリアリティをもたらしている。読み手が〔大坂屋〕が実在していたことを知らなかったとしても、「へえ、藍玉問屋が南本所にねえ。堀を利用して荷を運んだのだろうねえ」と納得。

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コメント

〔野見〕の勝平といえば、密偵おまさが、いっとき、引きこみとしてすけたことのある首領でしたね。
とすると、やはり、本格派?

投稿: 文くばり丈太 | 2005.03.30 19:08

盗人と一口にいっても、様様な職務分担があるのですね。実際に押し込む者、舐め役、口合人、引き込み、
つなぎ、盗人宿の番人等等。

今回の「殿貝」の市兵衛は、文中では「飯炊きの大男で、のそのそとした、うすのろ爺」としか表現されていませんが、読み手にはうすのろをよ・そ・お・う・と思わせるところがすごいです。
役割の性質がよくわかります。

投稿: みやこのお豊 | 2005.03.30 23:48

>文くばり丈太さん

最初は本格派だつたのでしょうね。しかし、石坂浪人のようなのが一味にいるところをみると、〔野見〕一派も畜生ばたらきに堕ちていたのでは?

>みやこのお豊さん

盗賊一味の職務分担は、お豊さんがお書きのほかに、見張り役、船方、鍵開け役、店の者縛り役、脅し役など、いろいろです。
いちど、分担表をつくってみるといいですね。

投稿: ちゅうすけ | 2005.03.31 09:06

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