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2005.04.11

〔名草(なぐさ)〕の綱六

独立短篇[白浪看板]は、 『別冊小説新潮』1965年夏号に発表された、長谷川平蔵をあしらって『鬼平犯科帳』の先駆をなす2篇目の作品である(角川文庫『にっぽん怪盗伝』1972.12.20に収録。のち新潮文庫『谷中・首ふり坂』1990.02.25では[看板]と改題)。

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7年前、〔夜兎(ようさぎ)〕の角右衛門一味が駿府(静岡市)城下の紙問屋〔大和屋〕へ押し入ったとき、配下となった 〔名草(なぐさ)〕の綱六は、塀外の見張りをしてい、逃げ出してきた飯炊き女の右腕を切り落とした。
(参照: 〔夜兎〕の角右衛門の項)

年齢・容姿:ともに書かれていない。むごいところのある男だったが、お頭・角右衛門の綱六評。
生国:丹波(たんば)国氷上郡(ひかみこおり)大名草村(現・兵庫県養父郡八鹿町石原)。吉田東伍博士『大日本地名辞書』には名草神社が収録されている。
ひそんいる備前(びぜん)国児島郡(こじまごおり)下津井(しもつい)村(現・岡山県倉敷市下津井)から、それほど遠くはない八鹿町推定した。
下津井村は前掲『大日本地名辞書』に記述があるが、池波さんがこの項に目をとめたわけは未詳。

探索の発端:下谷・広徳寺前で拾った財布を落とし主へわたしてやった女乞食の誠意を誉めて、〔夜兎(ようさぎ)〕の角右衛門は、彼女をともなってうなぎを馳走してやり、右腕をなくしたわけを聞かされて愕然とした。
7年前、駿府の紙問屋で盗めをしたときの、塀外の見張りにつけた〔名草(なぐさ)〕の綱八の所業だったからだ。
守ってきた「犯さず、傷つけず、貧しきからは盗まず」の3カ条が破られたことを悟った。綱六は、〔蛇(くちなわ)] の平十郎にたのまれて使ってみただけの男だったのだが。

結末:3カ条が破られていたことを恥じた〔夜兎〕の角右衛門は、一味を解散、右腕だった〔前砂(まいすな)〕の捨蔵に、備前国下津井にそひんでいる綱六の始末をまかせた。
(参照: 〔前砂〕の捨蔵の項)
〔前砂〕は、角右衛門の留守宅へ首尾の報告に来た。

つぶやき:[白浪看板]に先立つ2年前、『週刊新潮』(1964.01.06号)に[江戸怪盗記]が掲載された。火盗改メ・長谷川平蔵が初めて池波作品にあらわれたわけだが、鬼平でシリーズをつくりうる機がすぐそばまで来ていることに、編集者たちは思いがおよばなかった。
[白浪看板]が発表されても、まだ、気づかなかった。
あしかけ2年後、『オール讀物』のために[浅草・御厩河岸]を書いた池波さんは、たまりかねて、原稿を受け取りにきたた若い編集部員・花田紀凱氏へ、「この篇の長谷川平蔵というのはおもしろい仁だ」と謎をかけた。
これをきっかけに、『鬼平犯科帳』のいう大連作がはじまった。

〔名草〕を「通り名(呼び名)」にしている盗賊は、『鬼平犯科帳』にも登場する。足利の〔法楽寺〕の直右衛門配下の嘉兵衛がそう。
(参照: 〔法楽寺〕の直右衛門の項)。

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コメント

名草の網六は2回目の登場ですね。
1回目は今年1月14日でした。
その時の生国は紀伊国海草郡和田村名草山(現和歌山市和田)とされてました。
再調査で生国の変更ですか
鬼平犯科帳がスタートしたの68年ですから、池波さんは盗賊の名前をかなりまえから「大日本地名辞書」の利用を決めていたのですね。

投稿: 靖酔 | 2005.04.11 15:48

この本を買いたいとおもうのですが、独立短篇[白浪看板]が収録されているのが角川文庫『にっぽん怪盗伝』と新潮文庫『谷中・首ふり坂』ということですね。他は全く別のものが収録されているということは、両方入手した方がいいということでしょうか。
鬼平の原点がここにあるのですね。

投稿: 豊島のお幾 | 2005.04.11 16:28

>豊島のお幾さん

独立短篇[白浪看板]が収録されている文庫の収録作品は、つぎのとおりです。

『にっぽん怪盗伝』 角川文庫  72.12.20
江戸怪盗記   週刊新潮   1964年01月06日号
白浪看板    別冊小説新潮 1965年07夏号
四度目の女房  小説新潮   1967年05月号
市松小僧始末  別冊週刊朝日 1961年11月号
喧嘩あんま   推理ストーリー1963年07月号
熊五郎の顔   推理ストーリー1962年02月号
鬼坊主の女   週刊大衆   1960年11月07日号
金太郎蕎麦   小説現代   1963年05月号
正月四日の客  オール讀物  1967年02月号
おしろい猫   推理ストーリー1964年02月号
さざ浪伝兵衛  講談倶楽部  1961年02月号
(単行本:『にっぽん怪盗伝』』サンケイ新聞出版局1968.01.25刊の収録作品は上記に同じ。…重金敦之さん教示)

『谷中・首ふり坂』 新潮文庫  90.02.25
尊徳雲がくれ  講談倶楽部 1960年11月号
恥       小説新潮  1963年01月号
へそ五郎騒動  小説新潮  1965年02月号
舞台うらの男  推理ストーリー66年12月号
かたきうち   真説・仇討ち物語64年03月刊
看板      別冊小説新潮1965年07夏号
谷中・首ふり坂 小説新潮  1969年01月号
夢中男     読売専科  1969年10月号
毒       小説新潮  1969年12月号
伊勢屋の黒助  山形新聞  1970年08.16
内藤新宿    海     1971年臨時増刊号

投稿: ちゅうすけ | 2005.04.12 08:12

>靖酔さん

ご指摘、ありがとうございました。
2005.01.14の〔名草〕の綱六は削除しました。

その後の考察で、丹波国氷上郡大名草村(現・兵庫県養父郡八鹿町石原)のほうが整合性が高いようにおもったもので。

偶然にも、2005.01.14は、2本アップしていたので、〔名草〕の綱六を消去しても、1日1盗人の記録は中断されることなく継続しています。

投稿: ちゅうすけ | 2005.04.12 08:21

丁寧な記述ありがとうございます。
まずは『にっぽん怪盗伝』から入手したいと思います。72年に出版されているということは古書だときれいな本は望めそうにないですね。

投稿: 豊島のお幾 | 2005.04.12 15:02

>豊島のお幾さん

この手のデータベースはとっくにつくってありますから、簡単にアップできます。いつでもおっしゃってください。

角川文庫の『にっぽん怪盗伝』は、刷りを重ねていますから、新刊でも手に入るとおもいますよ。

投稿: ちゅうすけ | 2005.04.14 03:54

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