〔野柿(のがき)〕の伊助
『鬼平犯科帳』文庫巻13に収録の[一本眉]で、〔清洲〕の甚五郎一味が仕込みをしていた、元飯田町の銘茶問屋〔栄寿軒・亀屋〕方へ、一足先に侵入して全員殺戮の上、奥座敷の金蔵から1,500両余を奪ってにげたのは〔倉渕(くらぶち)〕の佐喜蔵一味だが、その手引き役の座頭・茂の市との連絡(つなぎ)をつめたのが〔野柿(のがき)〕の伊助である。
(参照: 〔清洲〕の甚五郎の項)
(参照: 〔倉渕〕の佐喜蔵の項)
(参照: 座頭・茂の市の項)
年齢・容姿:記述はないが中年と推察。ある程度の年期がはいっていないと、金がらみの連絡(つなぎ)役はまかされない。もの堅い町人ふう。ただし、尾行に気づかないのは、注意力にぬかりがある。
生国:上野(こうずけ)国高崎城下(群馬県高崎市)の近郊か。
出所は季語かともおもい、2,3の『歳時記』の秋と初冬をあたってみたが、「野柿」はなかった。池波さんは、晩秋の風景をおもいえがいて「通り名(呼び名)」としたのかもしれない。
ある人から、高崎駅前からバスと聞いたことがあるが、地誌にも見あたらない。同地区の鬼平ファンのご教示を待つ。
探索の発端:押し入り先の一家惨殺に怒りをおぼえた〔一本眉〕こと〔清洲〕の甚五郎は、〔亀屋〕の間取りを売ったとおぼしい座頭・茂の市を見張った。案の定、〔倉渕〕一味の〔野柿〕の伊助が甞め料の残りの半金を渡しに現れた。
その伊助の帰り道を尾行して盗人宿が知れた。
結末: 〔倉渕〕一味の主な盗人宿、板橋駅の石神井川ぞいの旅籠〔岸屋〕を襲った〔清洲〕一味は、佐喜蔵をはじめとして男の盗人10名は惨殺、生け捕った2名を柱にくくりつけた。その上で、火盗改メへ〔岸屋〕の顛末を投げ文したのである。
つぶやき:〔栄寿軒・亀屋〕方へ引き込みに入っていた〔清洲〕の一味の女・おみちの機転で、出入りの座頭・茂の市が噛んでいることがばれる。
(参照: 引き込み女おみち)
このあたりの、〔清洲〕の甚五郎の手くばりは、火盗改メもたじたじ---といった按配である。さすが、巨盗ともなると、水際だった差配ぶりではある。
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