« 田沼主殿頭意次(おきつぐ) | トップページ | 幕閣 »

2007.07.21

田沼主殿頭意次(おきつぐ)(続)

田沼主殿頭(とのものかみ)意次(おきつぐ)が立ち上がったとき、本多采女(うねめ)紀品(のりただ)、佐野与八郎政親(まさちか)も見送りのために廊下で待つ。
もちろん、長谷川平蔵宣雄(のぶお)も従った。

本多紀伊守正珍(まさよし)は座についたままである。蟄居(ちっきょ)中といえども、半年前まで老職を13年間勤めた4万石の前田中藩主である。年齢も10歳ほど上。
意次は将軍のお側取次ぎで、評定所に連なって仕置を学んではいるが、まだ1万石、格がちがう。

駕籠に乗るとき、さも、いま思い出したように、さりげなく、
「そうそう。木挽町の拙宅には、さまざまの人が寄っています。蘭学者もくれば、山師も、商人も、絵師もきます。お三方、もし、興がそそられたら、参られませんか。お三方とも番方(ばんかた 武官系)とお聞きしたが、いずれは役方(やくかた)へお転じになるはずの方々。後学のためにもなろうかとぞんじて---」
「は。ありがたく---」
あまりの突然の誘いに、3人ともただ、頭をさげる。
意次は、その様子に笑いながら、家士をうながして、駕籠を出させた。

駕籠を見送った3人は、あまりにあざやかすぎる人あしらいに、お辞儀もわすれてため息をつくばかり。
(人を寄せるということは、あのようなお人柄あってのこと)
宣雄は、意次の躰がたくまずして発する魅力に、しばらく酔わされたように、放心していた。
(天性の人たらしの才としか、いいようがないな)

書院へ戻ると、酒の用意ができていた。
3人に酒をすすめてから、本多侯が訊く。
「どうやら、3人とも、主殿頭どのの魅力にあてられたらしいの?」
「いや、たいへんなお人でございますな」
感にたえた声で、本多采女紀品が口火をきった。
「近時の本多一門には、あれほどの器量の士は見あたらないのでは---」
紀品は、自分よりも4歳も若い意次に、軽い嫉妬さえ感じている口ぶりである。 
紀品どのは、また、深く傾倒されたことよ。長谷川どのはいかが?」
「はい。末恐ろしいお方と拝察いたしました」
「末恐ろしい?」
「さまざまな階層の人びとの声をお聞きのようでございます。これまでの上っ方にはおいでにならなかった向きの方かと。それだけに、お仕置きは広く目くばりが届きましようが---」
「ふむ?」
「門閥の方々からの反発もはげしかろうかと---」
そう所信をのべた宣雄を、若い佐野与八郎が黙って見つめている。

|

« 田沼主殿頭意次(おきつぐ) | トップページ | 幕閣 »

020田沼意次 」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 田沼主殿頭意次(おきつぐ) | トップページ | 幕閣 »