銕三郎、脱皮
「銕三郎(てつさぶろう 14歳 のちの鬼平こと平蔵宣以 のぶため)に、なにか起きたのかな?」
父親らしい気の遣い方で、宣雄(のぶお 41歳)が太作(50歳)に訊いた。
銕三郎は、田中藩領内への旅から帰着し、調べてきた歴代の田中城代の名簿を父親に差しだすと、
「城代家老の遠藤百右衛門さまが、父上に、くれぐれもよろしゅう、とのことでございました」
そういったきり、疲れているので、小川(こがわ)湊の報告は日を改めて---といい、自分の部屋へ引きこもってしまったのである。
「殿さま。銕三郎さまは、さなぎから成虫におなりになりました」
「ほう。それはめでたい。もろもろの手くばり、ご苦労をかけた。して、いずこで?」
「三島でございます。本陣の---」
「待て、太作。このことは、父子といえども、あからさまにしてはならぬ男の子の秘事であろう。少年の殻から無事に脱皮したということだけわかれば、それでよい」
「はい」
「相手方に懐妊などということが明らかになった時にのみ、父親として責任をとればよかろう」
「そのようなことは、起きはいたしませぬが---」
「このこと、奥には内緒にな」
「承知いたしました」
「女親というのは、男の子を、いつまでも子どものままでおきたがる」
「はい」
二人は、目を見合わせて笑った。主従としてというより、男同士として。
「これは、お預かりしていた費(つい)えの残りでございます」
「それは、そちへの謝礼金としておいてくれ」
「いえ、それは---。せっかくお志でございますれば、ありがたく頂戴しておきます」
銕三郎は、自分の部屋に戻って、ひっくり返った。
やはり、わが家はいい。
身のまわりに、餞別をくれた親類への土産をころがしている。荷がかさばらないようにと、小田原の「ういろう」にしておいた。
三島宿からの帰りの道中ずっと、銕三郎は躰の奥深いところで、変化が起こりつつあるのを感じていた。
二度目の合歓をお芙沙(ふさ 25歳)が避けたわけを類推しているうちに、もしかしたら、あれは、これからの武家生活に訪れる蹉跌と、それに耐えなければならないことを悟らせてくれる、お芙沙の、文字どおりの母心だったのかもしれないと、考えられるようになってきていた。
(お芙沙は、仮(かりそめ)の母親と、幾度も念を押していたなあ)
そう思うと、お芙沙の嫋嫋(じょうじょう)とした姿態のなかに感じられた、彼女の悲しみにも同情できた。
(一人前の男になるということは、こういうことなのだな)
銕三郎は、一気に大人の仲間入りができたように思えた。
(よし。明日から、また、道場で稽古だ)
どうやら、こんどの旅は、宣雄が、銕三郎にそれとなく脱皮をさせるためのものであったようだ。
[参考:お芙沙との経緯]
仮(かりそめ)の母・お芙沙(ふさ)
〔荒神(こうじん)の助太郎(3)
仮(かりそめ)の母・お芙沙(2)
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コメント
父親と息子っていい関係なんですね。
銕三郎のお土産は小田原の透頂香「ういろう」ですね、東海道を往来する諸大名はもとより庶民もあの薬を求めて道中の常備薬やお土産としてし諸国に知れ渡っていたようです。
今でも小田原の旧街道国道一号線沿いに「江戸名所図会」ままの八つ棟造りのお城のようなお店があり、薬コーナーとお菓子コーナーにわかれています。
薬の「ういろう」は銀色の極小粒の仁丹のような丸薬であらゆる症状に効能があるといわれています。
お菓子の「ういろう」は江戸の頃は外郎家で接待用に供していたものが明治になって一般に売られるようになたそうです。
投稿: みやこのお豊 | 2007.08.03 22:38