初お目見が済んで(4)
入江町の鐘楼が五ッ半(午後5時)を打った。
内庭には、もう、宵が満ちはじめている。
本家からの分家・長谷川内膳正珍(まさよし 59歳 500石 小姓組番士)が、座を立った。
「われの家は遠いので、これで失礼させてもらう」
正珍の拝領屋敷は、千駄ヶ谷の元塩硝(えんしょう)蔵跡である。
南本所・三ッ目通りからだとほぼ2里(8km)近くはある。
用意の〔船橋屋織江〕の羊羹箱渡された。
正珍が消えたのを機に、ほかの者も一挙に帰り気分になった。
本家の太郎兵衛正直(まさなお 59歳 1450石 先手・弓の7番手組頭)が、一門の家長らしく、
「これで当分、初見参の内祝いはないな」
大身・久三郎正脩(まさひろ 58歳 4070石 持筒頭)が、一門の子弟たちを暗算して、
「さようですな。なんにせよ、一門は、わずかに5軒きりだから---」
叔父たちも口々に、
「それでは銕三郎。そなたの将来がかかっておる、お礼の挨拶廻りをうまくやってのけるようにな」
と、はげまして帰っていく。
久栄(ひさえ 16歳)の父・大橋与惣兵衛親英(ちかふさ 55歳 200俵 新番与(くみ)頭 )の、形式ばった謝辞を受けた平蔵宣雄(のぶお 50歳 先手・弓の8番手組頭)が命じた。
「銕(てつ)。大橋どのをお送りするように---」
与惣兵衛が即座に辞退する。
「それにはおよびませぬぞ。足はまだ、しっかりしております」
「大橋どのをお送りするのではございませぬ。ご息女・久栄どのの護衛といいますか、道々の話相手です」
「あ、なるほど。若い者たちのことに、とんと気がまわらぬ齢になりましたわい。失礼つかまつりました。では、銕三郎どの。よしなに---」
与惣兵衛は、荷物持ちの小者とともにさっさと先を急ぐ。
提灯の灯がどんどん遠ざかった。
銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)と久栄は、1丁(ほぼ100m)も遅れた。
町家がつづく竪川(たてかわ)堤にでると、人影はほとんどなく、道は暗闇に近かった。
左側から、久栄がついと寄りそい、手に触れ、
「銕三郎さま。きょう、久栄はうれしゅうございました」
「うん?」
「ご両親に、わたくしとの婚約のこと、お願いしてくださって---」
「あ、それは---」
「ご親戚のみなさまにもご披露目(ひろめ)いただきましたし」
「うん。よかったな」
「婚約のことを知った姉・英乃(ひでの 22歳)が申すのです。姉が不幸な結婚の末に心を病んでいることは、もう、先(せん)にお話ししました」
「お聞きしました」
【参照】2008年9月24日~[大橋家の息女・久栄(ひさえ)] (6) (7) (8)
「挙式を早めるためにも、久栄の躰に、銕三郎さまのお徴(しるし)を、つけていただけと---」
「なに?」
「恥ずかしいことです。二度もは、口にできませぬ」
「うーん---」
銕三郎の持つ提灯の灯が下がったのをしおに、久栄が手をさぐってきた。
握り返す。
しはらく、無言のまま、歩いた。
銕三郎の頭の中では、そのときの場面が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
(この久栄というおんな、先刻のわが家での口上といい、いまの訴えといい、見かけ以上に大胆なむすめごだ)
これまで銕三郎が抱いたおんなは、すべて、生娘ではなかった。
そのたびに、相手のほうが先導してくれた。
久栄はちがう。
無垢の処女(おとめ)なのだ。
(その処女の徴(しるし)を、おれにくれるといっている。だが、おれだって、生娘と行なった経験はない)
明るい床では、まずかろう。
いきなり、裸になるのもおかしなものだ。
(湖竜斉 久栄との初めてのときのイメージ)
それにしても、場所は?
お仲と結ばれた音羽の、あの種の店の部屋では、いくらなんでも、久栄との初めての試みには、ひどすぎる。
久栄は、これまで大切に守ってきた乙女の徴(しるし)を、くれるのだ。
いい思い出をつくってやらねば--->
(といって、どこがあるのだ)
銕三郎の思案は、混乱するばかりであった。
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