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2008.09.24

大橋家の息女・久栄(ひさえ)(6)

銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)、大橋家の久栄(ひさえ 16歳)の出逢いを書いている。

しかし、読み手の理解を鮮明にするために、ちゅうすけは、すこし先走って、久栄の年賦を掲出しておきたい。

宝暦3年(1753)  大橋与惣兵衛親英(ちかひで)の次女として誕
            生。 
            母はその後妻。幕臣・井口新助高豊の三女。

明和5年(1768)  銕三郎と知り合う。
     (16歳)

明和6年(1769)  長谷川銕三郎宣以(のぶため)と婚儀。
     (17歳)

明和7年(1770)  嫡男・辰蔵を産む。
     (18歳)

安永元年(1772)  長女・を産む。
     (20歳)    河野吉十郎広通の妻。 

安永3年(1774)  次女・を産む。
     (22歳)   渡辺義八郎久泰の妻。
天明元年(1781)  二男・正以を産む。
     (29歳)   長谷川栄三郎正満の養子。

天明3年(1783)  三女を産む。
     (31歳)

寛政7年(1795)   夫・平蔵卒(享年50歳)。
     (43歳)

文化12年(1815)  久栄
     (63歳)   法名・滋雲院殿妙瑞日光大姉


銕三郎さま。聞いていただけますか?」
「なにを、ですか?」

本所もはずれに近い、四ッ目の裏通りの居酒屋〔盗人酒屋〕から、下谷・和泉通りの大橋家まで、久栄を送っての道すじである。

「私の家の複雑な事情を---でございます。ご迷惑でございましょうか?」
「よそさまのご家庭の事情に、深入りしてはいけないと、つねづね、父から言われております」
「やっぱり---」
「いえ。お話しになることで、久栄どののおこころの苦痛が、薄らぐのであれば、喜んでお聞きします。ただ---歩きながらでは失礼です。もう一軒、おつきあいくださいますか?」
「うれしい」

銕三郎は、二ッ目ノ橋北・東詰の〔五鉄〕へ、久栄をいざなった。
[軍鶏(しゃも)鍋」と白ぬきした紺のれんをくぐると、板場の格子ごしに三次郎(さんじろう 明けて18歳)が目ざとく認めて、包丁を置いてでてきた。

さぶどの。上の部屋を借りたいのですが---」
「どうぞ、どうぞ」
「酒となにか---」
「軍鶏の肝の甘煮でも---」
「頼みます」

三次郎が小女に準備を言いつけているあいだ、入れこみの端に腰をおろした久栄は、双眸をきらきら輝かせて店内を眺めている。

「軍鶏は初めてでございますか?」
問いかけた三次郎に、
大橋と申します。はい、軍鶏鍋は、まだ、いただいたことがございませぬ」
「こんど、長谷川さまと、早い時刻においでになって、お試しください」
「はい、そういたします」

入れこみの奥の階段をあがっていく銕三郎に、三次郎が片目をつむった。
銕三郎は、頭をかすかに振った。
三次郎がうなづく。

酒と肴は、三次郎がみずから運んできて、まず、久栄に酌をし、
「どうぞ、肝をお試しになって---」
久栄が箸をとり、1片を口にいれ、
「あ、柔らかくて、香ばしい」
感嘆の声をあげた。
三次郎は、すっかり満足して、降りていった。

「お酒は大丈夫ですか?」
銕三郎が訊いた。
「はい。父が毎晩のようにいただきます。お相伴は私なのです」
「そういえば、お姉上のお具合は?」
「おぼえていてくださったのですね。うれしゅうございます」

_360
(大橋与惣兵衛と久栄)

あすまでに、朱傍線の部分だけでも、一瞥しておいていただけると、話がすすめやすい。


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