大橋家の息女・久栄(ひさえ)(3)
「その後、神田鍋町の海苔問屋〔旭耀軒・岩附屋〕の賊の探索は、すすみましたか?」
銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)は、加藤半之丞(はんのじょう 30歳 火盗改メ同心)に酌をしながら訊いた。
場所は、市ヶ谷八幡宮境内の料理茶屋〔万(よろず)屋〕の座敷である。
(市ヶ谷八幡宮 境内に料理茶屋〔万屋〕=青小〇 近江屋板)
【参照】同心・加藤半之丞 2008年2月20日~[銕三郎(銕三郎)、初手柄] (1) (4)
2008年9月3日~[蓑火(みのひ)〕のお頭] (6) (7)
甲州への旅費が半分近くのこっているので、きょうも、銕三郎が加藤同心を誘った。
「進展しておりませぬ」
加藤同心があやまる。
加藤同心は、先手・鉄砲(つつ)の16番手、組頭・本多采女紀品(のりただ 55歳 2000石)の組下である。
銕三郎が、お頭(かしら)と親しいことを知っているので、言葉遣いも、おのずから丁寧になる。
「金を強奪してからの、引き上げの経路は、お調べがついているのでしょう?」
「はい。それは---」
加藤同心は書留(かきとめ)役同心だから、事件の記録には、ほとんど目を通している。
神田鍋町から神田川南岸の柳原土手まではずっと町屋つづきで、武家方の辻番所はない。
その代わり、町々の自身番所がいくつかあるが、大晦日から元旦にかけては、掛取りや初詣の人通りが絶えないので木戸を閉めない。
そこが、賊のつけ目であった。
柳森稲荷の下手に舟をもやっておき、一同、それに乗って大川へ逃げたらしい。
(神田鍋町=緑〇から 神田川ぞい柳森稲荷=青小〇)
「高輪の牛舎前の松明舟といい、引き上げの舟といい、ずいぷんと、舟を利用していますが、そちらからの手がかりはないのですか?」
「船宿だけでもご府内には700軒からありますからね」
「船宿の舟でしょうか。足のがくような舟を使いますかな」
「たしかに---」
「佃島あたりの漁師の舟とか、深川・洲崎の釣舟とか---」
「長谷川さま。それがしは書留役です。捕り方へ命令はできませぬ」
「そうでした。ご無礼をお許しください」
(そういうことだと、居酒屋〔須賀〕で頼んだ、中山道で〔蓑火(みのひ)〕の喜之助(きのすけ)が買ったとおもわれる安旅籠調べの件も、岡野与力(41歳)へも通していまい)
【参照】2008年8月29日~[〔蓑火(みのひ)〕のお頭] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)
2008年9月13日~[中畑(なかばたけ)のお竜] (7) (8)
2008年9月16日~[本多組同心・加藤半之丞] (1) (2)
銕三郎は、そのことを加藤同心に確かめるのははばかられた。
加藤同心を追いつめるようなことになっては、とおもんぱかったのである。
しばならく、気まずい空気がただよった。
気分を変えるように、銕三郎が女中を呼び、新しい酒を頼んだ。
「話は変わりますが、鉄砲(つつ)の16番手の切支丹屋敷下のお組屋敷には、与力の方々もお住まいなのですか?」
話題が変わってほっとしたように、加藤同心が酌をしながら、
「与力の方々は、加賀町にお屋敷をもらわれております」
加賀町---いまの新宿区二十騎である。
「そうでしたか。あそこは、弓の1番手の与力の方々のお屋敷ばかりとおもっておりました」
「二十人の与力の方々がお住まいです。弓の1番手の与力が10家、われわれ鉄砲の16番手の与力の方々が10家---」
「どちらも、格式のお高い組なのですね」
公式には何番手で呼ばれているが、うちうちでは〔駿河組〕---すなわち、駿河以来の伝統を誇っている組なのである。
(そろそろ、雑司ヶ谷へでかけるかな)
銕三郎は、
「ちょっと野暮用がありまして、お先に失礼しますが、どうぞ、ごゆるりとお召しあがりください」
帳場で、加藤同心への手みやげの折詰の分も支払い、提灯を借りて、合羽坂へ向かった。
お仲(34歳)が待ちわびているはずの鬼子母神脇の料理茶屋〔橘屋〕へは、たっぷり1里(ほぼ4km)の畑道をあるくことになる。
(市ヶ谷八幡宮境内の料理茶屋〔万屋〕=青小〇 上は紀州家屋敷 右上〔橘屋〕=緑〇 その下の四角は小石川御殿 『宝永江都図鑑』部分)
【参照】[〔橘屋〕のお仲] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)
だが、銕三郎がおもいうかべていたのは、お仲の肉(しし)置き豊な躰ではなく、なんと、凛(りん)とした双眸の久栄(16歳)であった。
〔橘屋〕では、10日ぶりの抱擁というので、お仲は、もの狂ほしく求めた。
が、ふつと細目をあけて訊いた。
「甲府で、いい女(ひと)に出会ったのですね?」
(清長『梅色香』 イメージ)
「どうして?」
「だって、うわの空なんだもの」
「そんなことはない」
(鋭いな)
「もっと---燃えあがらせて---」
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