銕三郎、三たびの駿府(9)
「長谷川どの。〔五条屋〕が、奪われた金子(きんす)を水増ししていると、どうしてお気づきになりましたか?」
先に駿府町奉行所の脇門からでて、追手(おうて)橋の向こうで何食わぬげに待っていた有田祐介(ゆうすけ 29歳)が、間を置いて現われ合流した銕三郎(てつさぶろう 24歳)に質(ただ)した。
つづいて辞去してくるはずの佐山惣右衛門(そうえもん 36歳)与力を待つことなく、とりあえず2人で、呉服町が人宿(ひとやど)通りと交差する角店の小間物屋〔五条屋〕を、実地検分に訪れる手はずになっている。
南の呉服町のほうへ歩きながら、銕三郎が推理の源(もと)を披露した。
本多采女(うねめ)紀品(のりただ 56歳 2000石)が、新番々頭に昇進する前---2度目の火盗改メ・お頭(かしら)の任に就いていたとき(明和4年8月10日~同5年4月28日)---掛川城下で、盗賊に押し入られた小間物商の竈(かまど)の上に、荒神松が打ちつけられていた事件が報告された。
その事件を聞いた銕三郎は、主犯は〔荒神(こうじん)〕の助太郎とおもわれると、本多紀品へ申しつたえ、留書帳を改めさせてもらった。
その店の京での仕入れ先が〔小間物屋〕久兵衛方であったことも、頭の隅にとまっていた。
あつかっているものをそのまま屋号にしている奇抜さが、印象にのこったのである。
その犯行の仔細を、〔五条屋〕の番頭・吉蔵(よしぞう 58歳)は、同業・姉妹店ということで聞きおよんでいるはずである。
それなのに、荒神松を見て、〔荒神〕一味の犯行であるらしいことを、町奉行所へは知らなかったふりをした。
「つまり、〔荒神〕一味が逮捕されるのを、なるべく引きのばそうとしたのです。奪われた金額が嘘だったことが発覚(ばれ)ないように考えたすえと、拙は見ました」
「恐れ入った推察。なるほど、謎解きをしていただくと、もっともな---」
「本多さまが、拙を信用して、留書帳をお見せくださったのが源(みなもと)です。いまごろは、吉蔵から仔細を聞かされた儀兵衛が、真っ青になっておりましょう」
2人が〔五条屋〕へ入ると、番頭・吉蔵がすっとんできて、店主・儀兵衛が突然に発熱し、寝こんでしまっていると告げた。
銕三郎が、店のほかの者たちに聞こえぬように、ささやく。
「安堵されよ。金子(きんす)のことは、訊かないことにしたし、忘れもした」
奥の部屋に通されると、儀兵衛の内儀・お勢(せい 40歳)があいさつにでてきた。
なるほど、儀兵衛が京におんなをつくりそうな、柄が大きいだけで、まだ40歳というのに、性的な魅力に欠けた女性(にょしょう)であった。
「肝心のときにお役に立ちませず、申しわけもございません」
抑揚のない声で、とおりいっぺんに述べると、あとは吉蔵にまかせて引き退がってしまった。
(儀兵衛は入り婿ではなさそうだから、どこかの老舗から嫁(とつ)いできたのであろうが---)
「番頭どの。師走には、何日ごろから集金にまわりましたか?」
「10日ごろからでございます」
「京への送金は?」
「27日に〆て、28日に為替を組む予定にしておりましたが、ああいうことでございましたから、半期、待っていただくように申し入れましてございます」
「奪われた金額すべてが、支払い分だったのではないでしょう?」
「お察しのとおりでございます」
「送金するのは、いくらだったのです?」
「〔小間物屋〕さんと、京扇の〔近江屋〕さんをあわせて200両ちょっと---」
「では、100両余は、〔五条屋〕さんの貯め金(がね)?」
「お恥ずかしいことでございます。5年で、やっと---」
(げにも、おんなというのは、金食い虫よ。2,3年でこの店の10年分の稼ぎを食ってしまっている)
おもったが、銕三郎は口にはださなかった。
「荒神松はのこしてありますかな?」
「験(げん)が悪いといって、旦那さまがお捨てになりました」
「2尺(60cm)を越す枝だったとか?」
「はい。もう少しで3尺はあろうかと---」
「番頭どのは、京で見たことがおありでありましょう」
吉蔵は、ちょっとためらってから、うなずいた。
「そのように長い荒神松は、駿府城下では売っておりませぬな」
「見かけたことはございません」
「まあ、黒松は東海道の並木もそうだし、駿河の海岸には防風のためにどこにでも植わっておるから---」
「しかし、お役人さま。荒神松にできるような若枝ぶりと長い松葉のものは、そうそうは見かけませんが---」
「そう、若枝は梢(こずえ)のほうに多いから。番頭さん。賊はどこで手にいれたとおもいますかな、2年前に、掛川城下のご同業の店に残された荒神松もふくめて---」
吉蔵は、またも肩をふるわせ、顔面蒼白となった。
(もう、この方には、嘘はとおらない)
観念したふうであった。
【参照】2009年1月8日~[銕三郎、三たびの駿府](1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (10) (11) (12) (13)
【ちゅうすけアナウンス】駿府城下の旅籠街、本陣〔小倉〕の所在図を、上の(5) に追加しました。
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