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2009.06.12

〔白駒)〕の幸吉

「こいつでやす」
彦十(ひこじゅう 36歳)が、店の常連の客3人に手伝ってもらい、鼻血をだした男を、〔五鉄〕の店前の天水桶に押しつけていた。

銕三郎が、太刀の鞘尻を男の鳩尾(みぞおち)にあて、
「逃げようと動いたら、衝く」
そうおどすと、観念したように、身もだえをしなくなった。

松造(まつぞう 20歳)に、
(さん)どのに、縄をもらってこい」
三次郎(さんじろう 22歳)が縄をもって、
「何者ですか?」
手助けした客たちも、離れずに成りゆきを見物している。

銕三郎が太刀の柄(つか)の頭をほんと叩くと、男は、
「げっ」
崩れおちた。
松造。縛っておけ」
松造が、男のふところから白木鞘の匕首(あいくち)を抜きとって渡したのを、銕三郎は竪川へ無造作に投げすてる。
水音が、いやに大きく聞こえた。
「明日は雨だな」

〔五鉄〕と相生町5丁目の通りをはさんた向かいにある辻番所へのあいさつに、三次郎に行ってもらった。
そういうことは、町屋と武家地との違いはあるとはいえ、同じ町内同士、とりわけ、〔五鉄〕がときどき軍鶏どんぶりを差し入れているあいだがらなので、話は早い、一晩、預かってくれることになった。

番小屋の隅の柱にくくりつけてから、明かりにてらされた男をあらためて観ると、まだ、20前の男であった。
銕三郎は、なぜだか、この春、安房国朝夷郡(あさいごおり)江見村で聞き取りをした吾平(ごへい 18歳)をおもいだした。
吾平は、村人に追い詰められて自裁した。
いかにも下作人の家の生まれといった朴訥なくせに気をゆるせないものがまざっている風貌が、吾平と共通していた。

「だれに頼まれたか、訊いても応えまい。明日、火盗改メの役宅で、拷問にかけて、吐かせるしかないだろう」
銕三郎が、わざと男の耳にはいるように番人に言い、
どのに、喉湿めらせをとどけさせます。今夜一晩、よろしくお頼み申す」

竹造にも、
「手助けしてくださった衆に、一杯さしあげてくれ」
そう言いおき、入れこみの奥の階段をあがっていった。

襖をあける前に、
「拙です」
声をかけた。
あけると、お(りょう 32歳)がとびついた。
銕三郎が、後ろ手に襖をしめるまも、口を吸い、躰の重みをあずける。

「大丈夫だ。向かいの辻番所へ預けた。送っていこうか」
松造さんがいるんでしょ?」
「先に帰す」
「いけません。奥方に知れます。私なら、大丈夫です。すぐ、近くですから---」

(誰がよこしたのですか?)
と訊きたいだろうに、必死にこらえている。
内心では、〔白駒(しろこま)〕の幸吉(こうきち 30歳前後)一味と察している。

「すべての訊問は、明日だ」
「はい。(てつ)さま、どうぞ、お先にお帰りください」
「うむ。あの男の素性を訊きだしたら、連絡(しらせ)は、どこに?」
「お(かつ 30歳)も、〔野田屋〕から消えますから、〔小浪〕へでも---」
「わかった。〔野田屋〕をあきらめたのだな?」
は返事をしなかった。

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