三河町の御宿(みしゃく)稲荷脇(2)
「この家では、躰のあちこちを縛られるのがいやなので、素裸でいることだってあるのでございますよ」
里貴(りき 30がらみ)が、白い歯をほころばせ、平蔵を瞶(み)すえてささやいたとき、光を透きとおらせるほどに白い裸躰の幻影を、頭からふりはらった。
里貴も小椀に酒を満たし、平蔵のまん前に片膝を立ててすわった。
身動きすると裾がひらき、太股の奥までのぞけそうな姿態であった。
といって、ふしだらとか、不潔な感じは露ほどもない。
魅惑しようとの意図も感じず---品よく、ごく自然に色気をただよわせている。
平蔵は双眸(りょうめ)をそらし、家で鏡にむかって小町紅を濃くひき、おんなに戻る一刻をひとりでたのしんでいる里貴を空想してみた。(国芳『葉奈伊嘉多』 里貴のイメージ)
冷や酒がほとんど減っている小茶碗ごしに、平蔵を瞶(み)つめている里貴の透明さを帯びた肌を、酒の酔いが早くも、うっすら桜色に染めはじめていた。
股間が膨張するのを懸命におさえようとしたが、意思のちからでどうかなるものではなかった。
見透かしたように、里貴が、
「長谷川さま。お袴をお脱ぎになって、お楽におなりなさいませ」
背後から前に手をまわして袴の結び目をほどきにかかった。
背に、押しつけられた乳房を感じる。
魔法にかかったように、ふらふらと立った平蔵は、袴から足を抜いていた。
その袴を、里貴が手なれた手さばきできちんと畳むのを、
(どこでおぼえたか。そうか、茶寮で脱いでくつろぐ客もいるのであろうな)
平蔵は、ぼんやりと察していた。
「里貴どの---」
「どのが余計です。里貴---と呼びすててくださったほうが、うれしゅうございます」
「では、拙のことも、長谷川さまでなく、平蔵と---」
「平さまより、銕(てつ)さまとお呼びしとうございます」
(どうして、その相続前の通称を?)
「ご内室さまは、そう、お呼びなんだそうですね」
「松造(まつぞう 22歳)だな」
「おほ、ほほほ。お人違いをなさっていらっしゃいます」
「では、誰が---」
「そんな詮索はお置きになって呑みましょう」
里貴が片膝立ちで膳ごしにのりだして片口から注ぎたす。
その姿勢が自然躰のようでもあった。
寝衣の衿元もゆるんだ。
こぼれそうなほど豊かな乳房が平蔵の目の前にきた。
首すじから胸にかけての肌には、しみもほくろもなかった。
肉色のかわいい乳頭が誘いかけるように突起している。
あのときまで男には吸わせたことのないお竜(りょう 29歳=当時)の小さな先端に似ていた。
子を産んでいないおんなの、おとめのもののような乳頭であった。
【参照】2008年11月16日~[宣雄の同僚・先手組頭] (7) (8) (9)
「ご内室さまには、夏目(藤四郎信栄 のぶひさ 22歳 300俵)さまと、偶然に〔貴志〕で会い、酔ってしまったと言いわけをなさいませ。お酒の匂いが、おんなの匂いをつつみます」
「おんなの匂い?」
「この家には、内風呂がありません。近くの銭湯は、もう、閉まっております」
「なん刻(どき)だろう?」
「五ッ(8時)には、まだ、だいぶありましょう」
(抱かないで帰れば、里貴に恥をかかすことになり、これからのことに差しさわるであろうな。抱いてしまうと、後を引くことになるやもしれないが---)
「灯を借りるだけのつもりであったが---」
「男とおんなのあいだこと、いつ、どのようなひょんなことになっても、不思議はありません。まして---」
「人違いであってもかな?」
「人違いかどうか、抱いて、おたしかめなさいませ」
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コメント
あれ、あれ。里貴さんと銕さんは、あのあと、どうしちゃったんですか。
どきどき、期待してたのに。
投稿: tsuuko | 2010.01.20 09:25
>tsuuko さん
いつも、おもしろいコメントをありがとうございます。
里貴と平蔵のことですが、tsuuko さんはどっちだとおもいますか?
これまでの銕三郎ですと、間違いなく、里貴の挑戦を受けて立ったとおもいますが、相手の素性がまだわかっていないのに---。
でも、里貴に恥をかかすのも---。
投稿: ちゅうすけ | 2010.01.20 14:32