日本橋通南3丁目箔屋町〔福田屋〕
「これはお役人さま。お久しぶりでございます」
白粉問屋〔福田屋〕の一番番頭・常平(つねへい 47歳)が目ざとくみつけ、声をかけてきた。
「変わりはないかな?」
「お役人さまも?」
躰は、すでに奥へむかって立っていた。
(日本橋通南3丁目箔屋町・南角 白粉問屋〔福田屋〕文次郎)
主人・文次郎(ふんじろう 38歳)があらわれるのを待ちなら、店内を見わたすと、脇の小部屋で、25,6歳のおんなが、まだ15、6歳らしいおんなの子に白粉を塗(はた)いていた。
(お勝(かつ 31歳=当時)の後釜の化粧(けわい指南師)であろう。
なにごとかといった不審顔の文次郎が、平蔵(へいぞう 28歳)を奥の座敷へ招じた。
ひととおりのあいさつを交わしたあと、火盗改メの者ではないことを打ちあけた。
「はい、存じておりました。目黒・行人坂の付け火の犯人をお召し取りになった長谷川さまの若さまでございましょう? 中野(監物清方 きよかた 享年50歳=安永9年 300俵)さま組のご同心・田口(耕三 30歳=当時)さまからお聞きしました」
【参照】2009年6月3日~[火盗改メ・中野監物清方(きよかた)] (1) (2) (3) (4) (5)
「ご存じであれば、話が早い」
平蔵は、懐からみやこ板〔化粧(けわい)読みうり]を出してひらき、文次郎と常平の前へ、置いた。
さすがに商売人、2人とも食いいるように見つめ、
「この春、京へお年賀にのぼったとき、〔紅屋〕さんと〔雁金屋〕さんから、効き目のほどは、たっぷりと聞かせていただきました。とりわけ、お披露目からはずされた〔雁金屋〕さんが、〔延吉屋〕さんをうらやましがっておられました。たいそうなご繁盛だそうで」
平蔵は、〔延吉屋〕へ化粧指南師としてお勝を入れたことは伏せ、発案の張本人は自分で、〔紅屋・小町紅〕へお披露目枠の話をもちこんだのは、祇園一帯を仕切っている〔左阿弥(さあみ)〕の若元締・角兵衛(かくべえ 42歳)であることを打ちあけた。
「知恵者は、長谷川さまでございましたか。捕り物・探索名人だけではなく、商いのほうでも一流とは---恐れいりました」
商人らしく、お世辞半分ながら感じいった顔の文次郎に、こんど、江戸でも〔化粧読みうり〕を出すことになったが、深川一帯に配布する板のお披露目枠のあつかい元は、〔丸太橋(まるたはし)の源次(げんじ 57歳)元締だが、もし、こちらで枠を1年を通して10回、 1枠か2枠を買占めたいのであれば、話をつなげられる---とのべた。
店主と番頭は目を見合わせただけでうなずきあい、
「深川を買占めさせていただきますが、いかほどで?」
「1回2000枚、現金掛け値なしで1枠1両2分(24万円)」
「とりあえず2枠を仮おさえさせていただき、早飛脚を京の小町紅の製造元の〔紅屋}さんと〔雁金屋〕さんに1枠ずつおさえないかと問い合わせてみます」
「それぞれの土地の元締衆が寄って話しあうのは来月の5日だから、それまでにお決めになるように---」
平蔵は、内心、にやりとしながら辞去し、その足で、深川・黒船橋北の権七(ごんしち 41歳)の駕篭屋の〔箱根屋〕へ向かった。
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