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2010.01.13

〔お人違いをなさっていらっしゃいます」(2)

「お指(さ)し刻(どき)は午(うま 12時)でいただいておりますが---」
里貴(りき 30がらみ)が、光が透きとおるようほどに白い小首をかしげるようして、瞶(みつめ)てきた。

「申しわけない。拙の腹土圭(はらどけい)が午を指しておったもので---そのあたりをぶらぶらして刻(とき)をつぶてきます」
平蔵(へいぞう 28歳)は、わざと早く着いたのだが、誤魔化(ごまか)した。

「いえ。お昼餉(ひるげ)はお揃いになってからということで、お部屋でお待ちになってもおよろしいのでございますよ」
「お言葉に甘えさせていただこう」
まんまと、あがりこんだ。
この前の部屋であった。

お茶を通してくれた里貴に、
「店の名は、紀州の貴志村からとったとのことでしたな」
「それがなにか?」
「いや。宿老の田沼侯も紀州でしたな」
「また、それを---お人違いをなさっていらっしゃいます」
なんと里貴は、片目をつむって否定した。
そのことは、どのような席でも口にするな、ということであろう。

長谷川さま。備中 宣雄 のぶお 享年55歳)さまのこと、ご愁傷でございました」
「父をご存じで?」
「目黒・行人坂の火付けをお召し取りになった火盗改メのお頭ですもの、江戸中でしらない人はおりません」
(また、誤魔化した。父を田沼別邸で見かけていたのだ)

しばらく、言葉をひかえ、お茶をすすっていたが、
「女将どの。ひとつ、お尋ねしてよろしいか?」
「木挽町(こびきちょう)の別邸のことでなければ---」
「白粉は、どこの店のものをお使いかな?」
「お武家さまで、化粧(けわい)の品のことをお口になさったのは、長谷川さまが初めてでございます。お嫌いな匂いでしょうか?」

「そうではありませぬ。父が京都町奉行として赴任しておりますとき、小遣いかせぎに[化粧(けわい)読みうり]を板行したのです」
「小遣いかせぎに?」
「お披露目枠を売ったのです。紅屋の〔小町紅〕が大どころの金主になってくれて---」
「あら。私のこの紅は〔小町紅〕でございます」
「紅はさしておられぬとおもったが---」
「お客さまの前にでますときは、ほんのちょっぴり。なんでしたら、吸ってお確かめになりますか?」
「お人違いをしてござる---」
「うっ、ふふふ」
「あ、ははは」
いっぺんに、へだてていた柵がとれた。

_150_3「その[読みうり]で、紅屋の濃い紫の紅を流行らせたのです」
「濃い紫の口紅---って、考えもおよびませんでした。黒っぽくては、紅って呼べませんね」
「若い娘(こ)たちが飛びつきました」
「お歯黒の代りだったのでしょうか?」
「流行りものに、理屈などありませぬ」
(栄泉『艶本重似誌・饅頭蒸陰門相』 イメージ)
「理屈無用のところは、恋ごころと同じでございます」

参照】2009年10月26日[貞妙尼(じょうみょうに)の還俗] (

「せっかくの京くだりの〔小町紅〕、客の前ではつけないとすると、いつ、刷(は)くのかな?」
「ここが終わって、家で、おんなに戻るとき、鏡の前で---」
「家には、お子は?」
「背の君もいないのに、子がいるわけはございませんでしょう」
「背の君でなくても、男がいれば、子はできる」
「こ冗談ばっかし---男がいれば、こんな店で働いておりません」
「女将の店ではなかったのですか?」
「雇われ女将です」

平蔵は、わざと話題を変えた。
「さっきの問いかけの、白粉を購(あがな)う店だが---」
里貴が答えようとしたところに、夏目藤四郎信栄(のぶひさ 22歳 300俵)が案内されてきた。
「遅れたとはおもえぬが---」
「お邪魔ってことも---」
「なんと?」

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コメント

里貴さんと、なんだか、怪しくなってきました。平蔵さん、ここで、三歩退がるんですよ。

投稿: tsuuko | 2010.01.13 09:31

>tsuuko さん
2人は、どうなりますか、ぼくにもわからないんです。まあ、大人の男女ですから---。あたたかく、見守ってやりましょう。

投稿: ちゅうすけ | 2010.01.13 11:00

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