« 同期の桜(3) | トップページ | 女将・里貴(りき)のお手並み »

2010.04.22

同期の桜(4)

(ひで 18歳)に夕餉(ゆうげ)の礼と、
「良いややを産むように」
はげまし、妻恋稲荷の脇をぬけて本郷通りの方へ帰る浅野大学長貞(ながさだ 28歳 500石)には、来春には奉書がくるであろう、と勇気づけた。

妻恋稲荷から連想が御宿(みしゃく)稲荷へ飛んだかして、妻恋坂を東に下りながら、
(まだ、六ッ半(午後7時)をすぎたころあいであろう。ちょっと寄って行くか。しかし、妻恋坂で久栄(ひさえ 22歳)でなくて、里貴(りき 30歳)をおもいだすというのも、不謹慎ではあるな)
かすかに声にだして苦笑した。

451_2
(妻恋明神社 『江戸名所図会』塗り絵師:ちゅうすけ)

池波さん流に書いてみる。
ものの本によると、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征のときの宿営の地がここと。
帰途、上野(こうずけ)国碓氷(うすい)の峰で「吾(あ)が嬬(つま)よ」といわれたのにちなむと。
嬬・弟橘媛(おとたちばなひめ)は身を沈めて嵐を鎮めた。

600
(弟橘媛入水 『江戸名所図会』塗り絵師:ちゅうすけ)

蛇足をくわえると、弟橘媛は神奈川県川崎市のあたりの女性ともいう。
現地妻の気配。
戦前の小学校では、そんなふうに教えなかった。

御宿(みしゃく)稲荷には、珍しく、まるで迎え灯ともおもえる灯明が灯っていた。
(この灯に招かれたのかも---)

戸を拳の脊で3つ叩き、間をおいてもう一度、叩いた。
戸をへだてて気配が伝わってきた。
いつものことながら、期待が股間からあがってくる。

板戸が3分ほどあいたので、視線を周囲の走らせてから躰を斜(しゃ)にしてすりぬけた。
もどかしげにつっかい棒をかませた里貴(りき 30歳)は、桜色の寝着の上に羽織った緋色の丹前の前をひらき、はげしく抱きついてきた。

「どうした?」
「だって、7日ぶりですもの」
「そんなことを、勘定しているのか?」
「切なくて---」
「ちょっと、顔を見に寄っただけだ」
「いや!」

口を吸い、
「お酒、足りてますか?」
「夜風で、醒めてきた。冷やでいいよ」
「どこからのお帰りですか?」
「妻恋町」
「おさん、障(さわ)りなく?」

手早く、酒と大豆煮が膳に配された。
あいかわらず、盃でなく小椀であった。

初見(はつおめみえ)の同期の松平忠左衛門勝武(かつのり 27歳 500石)が、療養のために大晦日の前に役を辞するので、その送別の宴の打ちあわせであったが、盟友3人のほかに参加をいってきたのは、三浦左膳義和(よしかず 23歳 500俵)一人きりであったことをばらすと、
「三浦さましおっしゃると、お遊喜(ゆき)のお方さまの---」
「孫だ」

「(清水宮内卿)さまは、わたしと同じ延享2年(1746)のお生まれですから、ことさらに、耳ざとくなります」
松平万次郎と名乗りを与えられ、宝暦8年(1758)、15歳で清水の館へ住んだ。

ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』で、役宅が清水門外となっているが、清水家の呼称はこの門によるのかもしれない。
2008年2月24日[本所三ッ目へ] (

こんなうわさを耳にしたことがあると、里貴が笑いながらささやいた。
九代将軍さまは、頭脳は明晰であったが、お言葉だけでなくお躰もご不自由ぎみであったように洩れている。
ご不自由なお躰でお子をおつくりになるのは、さぞかしたいへんであったろうと。

「こんなふうではなかったかとの、うわさがあります」
上にまたがり、股間に顔をうずめた。

       ★     ★     ★

週刊『池波正太郎の世界 19』[真田太平記 四]がいつものように送られてきた。
申しわけないような、ありがたい気持ちでお受けしている。

19_360

この号でもっとも啓蒙されたのは、筒井ガンコ堂さんの「井波 (上)」。
池波さんの先祖が富山県井波の宮大工であったことは、エッセイで知っていた。

『鬼平犯科帳』のかすかな核がメグレ警視ものであると推測をつけ、シムノン家の先祖が住んでいた、ベルギーのリンブルグ州庁舎の人にヴィレンティンゲン村のその家まで案内してもらったこともあった。

また、富山県出身の盗賊が、『鬼平犯科帳』文庫巻12[いろおとこ]の〔鹿熊〕の音蔵、〔舟見〕の長兵衛、〔神子沢〕の長兵衛、〔松倉〕の清吉、おせつをはじめとして、10数名も創造されていることから、故郷へのおもいが強いことは推察していたが、ガンコ堂さんの文章で、豊子夫人も訪ねさせるほどの執着であったことを初めてしり、見えない血の濃さというものをしみじみ感じた。

|

« 同期の桜(3) | トップページ | 女将・里貴(りき)のお手並み »

097宣雄・宣以の友人」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 同期の桜(3) | トップページ | 女将・里貴(りき)のお手並み »