〔銀波楼〕の女将・小浪(2)
「その〔船影(ふなかげ)〕一味の孫八とやら、ひと仕事の分け前を手に、江戸へでも白粉の匂いをかぎにでてきたのだろろ」
平蔵(へいぞう 32歳)の推測に、うなずいた小浪(こなみ 38歳)が、
「ひと仕事---いうたら?」
「上野(かずさ)の高崎城下---」
「長谷川さまは、上野にまで手ェだしてはりますのん?」
「そうではない。今日の話の主(ぬし)は、〔蓮沼(はすぬま)〕の市兵衛(いちべえ )だ」
〔蓮沼〕だけがしっている内緒ごとが、どうして〔船影〕一味の者に伝わったのか、そこの筋が読めない---というと、小浪は笑って、
「長谷川さまほどのお方が、口合人(くちあいにん)をご存じやおへんの、信じられしまへん」
口合人とは、間口を盗人だけにかぎってあつかう口入れ屋のことである。
ニョーヨークできいたところでは、広告のクリエイターだけを専門のしているパーソナル・エージェンシーというのがあり、たとえばAコピーライターをB社に口利きすると、B社からAの給与1年分相当額を紹介料として受けとるとか。
1年分を高いとみるかどうかは、B社が独自に求人した場合の、新聞広告料、高給を得ている幹部社員数人の面接・選考時間などについやされた目に見えない金額をどうかんがえるかによる、といわれた。
もっとも、パーソナル・エージェンシーは紹介手数料でなりたっているので、紹介したAクリエイターを3年もするとC社へ転じさせるようなあこぎなこともやるらしい。
「江戸で実績の高い口合人というと---?」
「仁義いうのんがおます。なんぼ長谷川さまやかて、名ァはお教えできしまへん」
「小浪は、相変わらず口が硬い。それに相変わらず美しい」
小浪は睨んでから、夫の今助(いますけ 30歳)に、いまさらのような流し目をおくった。
受けとめて、
「仲間うちの仁義もあろうが、江戸に何人ほど口合人がいるかぐらいのことは、長谷川さまへ洩らしても、仁義をやぶったことにはなるまい?」
うなずいた小浪は指折って、
「かかりきりのお人が3人。片手間仕事でやってはるのが4人ほど---」
「片手間仕事というと---?」
「嘗(な)め役も兼ねてはるんどす」
「かかりきりの口合人のところには、日に何人ほどの頼み人(にん)が出入りしておるとみればいいかな?」
「盗(つと)め口頼みが3人から5人。受け手ェの側が---ひと口かふた口」
平蔵は、盗人仲間の風聞が江戸から伝わっていくのは3日もあれば高崎や大月、小田原、宇都宮へ達するとふんだ。
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