« 〔橘屋〕のお雪(6) | トップページ | 〔うさぎ人(にん)〕・小浪(2) »

2008.10.23

〔うさぎ人(にん)〕・小浪

銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)は、じっと待っていた。

ひとつは、お(ゆき 23歳)が、岸井左馬之助(さまのすけ 23歳)とともに、〔蓑火みのひ)〕一味の引き込みとおもえるお(かつ 27歳)を見つけたと連絡してくるのを。

_200
(清長 お雪と左馬之助のイメージ)

参照】[〔橘屋〕のお雪] (1) (2) (3) (4) (5) (6)

参照】〔お勝(かつ)〕というおんな] (1) (2) (3) (4)

_100またのひとつは、〔中畑(なかばたけ)〕のお(りょう 29歳)が、御厩(おうまや)河岸の茶店〔小浪〕の女将に、銕三郎と会ってもいいと言(こと)づけてくるのを。(歌麿 お竜のイメージ)

参照】[〔中畑(なかばたけ)〕のお竜〕 (1)  (2) (3) (4) (5)  (6) (7)  (8)

さらには、そのことで、〔蓑火〕一味とつながりがあるらしい浅草・今戸一帯の香具師(やし)の元締・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 59歳)が、なにがしかの連絡をしてくるのを。
林造は、木刀遣いを若い衆に指導している井関録之助(ろくのすけ 19歳)を連絡(つなぎ)をつけるにちがいなかろう。

ところが、意外なことに、高杉道場銕三郎を訪ねてきたのは、〔盗人酒屋〕のおまさ(12歳)であった。
よほど急いできたらしい。額に汗がうかんでいた。
「お父(と)っつぁんが、店をあける前に、お運びいただきたいって---」
「よし。井戸端で稽古の汗を拭いたら、すぐにゆく。おまさもいっしょに汗を拭くか?」
「見たいのですか? 残念でした、まだ、久栄(ひさえ)お師匠(っしょ)さんほどには、ふくらんでません」
「なんの話だ?」
「とぼけて---」
「こいつ、師をからかうか---」

四ッ目の〔盗人酒場〕へ着いてみると、なんと〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 48歳)と、その右腕・〔瀬戸川せとがわ)〕の源七(げんしち 52歳)であった。

参照】[〔瀬戸川(せとがわ)〕の源七] (1) (2) (3) (4)

「あ、お頭。お久しゅう---」
長谷川さま。あいかわらず、ご達者のようで、なりよりです。お(しず 20歳)からもよろしゅうとのことでした」
「いや。その節は---」
「なに。あれが、女の子を産みましてな。わしにとっては初めてのおんなの子で、あれに似て、小町ぶりで、可愛ゆうて、可愛ゆうて---」
巨盗のお頭といわれる勇五郎が手ばなしであった。

参照】[お静という女] (1) (2) (3) (4)

若気のあやまちというか、銕三郎がお静とねんごろになったことが発覚(ば)れたのとき、勇五郎は、
「お武家方のお子が、人のもちものを盗っちゃあいけねえ。人のもちものでも、金ならまだゆるせる。だが、おんなはいけませんよ」
たしなめただけで、ゆるしてくれた。器量が大きいのだ。
以来、銕三郎勇五郎に頭があがらない。

「こんどのお下りは---?」
「いや。お盗(つと)めではないのですよ。江戸に置いている{うさぎ人(にん)〕の一人から、奇妙な鳴きがありましてね」
「〔うさぎ人}と言いますと---?」
「これは失礼。源七どん、長谷川さまに解き明かしてさしあげな」

盗賊の世界で、〔うさぎ人〕と呼ばれているのは、おなじ盗みでも、ぬすむものが耳に入るもの---いまの言葉でいうと情報である。うさぎは耳が長いから、それだけ聞き込みが多いはず、というところから名づけられた。
ふだんは、常の人とかわらず、ちゃんとした職業をもっているから、はた目には盗人には見えない。
〔眠り人(ねむりにん)〕とも〔聞きこみ人〕とも呼ばれることもある。

「〔うさぎ人〕は、大きく2つにわけられます。〔直(じか)うさぎ〕は、店なり職なりのための元金(もとがね)をすべてお頭から出してもらった〔うさぎ〕です。ご武家方でいう、直参です。お頭だけにむけ鳴きます。
もう一つは、〔独りうさぎ〕で、すべてを自分でまかなっておりますから、鳴きをとどけたお頭からその都度、鳴き賃をもらいます。〔独りうさぎ〕は、口合人(くちあいにん)とか〔嘗(なめ)め人〕を兼ねていることが多いかな」
「口合人とは?」
「盗人だけの口入れ屋とお考えください」

「〔狐火〕は、江戸には、何人の〔うさぎ人〕を?」
瀬戸川〕の源七はちらっと勇五郎の顔をうかがい、〔狐火〕がうなずいたのをたしかめて、
「〔直うさぎ〕が3人、ほかに7人の〔独りうさぎ〕と内々の約定をむすんでおります」
「そんなに---」
勇五郎が言葉を添えた。
「駿府に2人、名古屋に4人、大坂に3人---。お上(かみ)のお考え、世のなかの動き、金のあり場所などの、じつのままをこころえておくかどうかで、お盗(つと)めの成り加減が違ってきますのでね」

勇五郎は温顔に笑みをもらし、
「その〔直うさぎ〕から、〔蓑火〕の喜之助(きのすけ 46歳)どんのところの小頭がおかしい---といってきましてね」
「〔蓑火〕の喜之助といいますと---?」
長谷川さま。おとぼけになってはいけません。長谷川さまが、〔蓑火〕の喜之助どんとは面とおしずみで、あの組の〔中畑(なかばたけ)〕のお(りょう)どんに興をそそられていらっしゃることは、もう、筒抜けなんでございますよ」
「驚きました---」
「ですから、お互い、腹を割って話しあいませんか」 

ちゅうすけ注】〔狐火〕の勇五郎と〔蓑火〕の喜之助の両お頭がきわめて親しい間柄にあることは、池波さんも、『鬼平犯科帳』巻14[殿さま栄五郎]p120 新装版p123 で明かしている。

_100_3(ちょっと待てよ。いま、〔狐火〕はなんと言った? 〔中畑〕のおに興味をそそられている---と言ったよな)
銕三郎は、考えた。
中畑〕のおに関心があることを知っているのは、納戸町の長谷川家の老叔母・於紀乃(きの 69歳)と、その甥の甲府勤番支配・八木丹後守補道(やすみち 55歳 4000石)、配下の本多作四郎玄刻(はるとき 38歳)。

参照】[納戸町の老叔母於紀乃] (1) (2) (3)
八木丹後守補道は (A) (B) (C)
[本多作四郎玄刻] 2008年9月15日

それと---茶店〔小浪〕の女将だけのはず。
「あっ!」
(あの小浪(こなみ 29歳)が、〔狐火〕の〔直うさぎ人〕? まさか? しかし、小浪しか、いない!)(歌麿 小浪のイメージ)


[〔うさぎ人(にん)・小浪] (2) (3) (4) (5) (6) (7)

|

« 〔橘屋〕のお雪(6) | トップページ | 〔うさぎ人(にん)〕・小浪(2) »

145千浪」カテゴリの記事

コメント

「うさぎ人」という言葉をはじめて聞いたような気がいたします。
「口合人」とか「嘗め人」は鬼平犯科帳で読み知っていましたが。

もしかしてちゅうすけさんの造語ですか?

投稿: みやこのお豊 | 2008.10.26 13:58

はい。造語の達人---池波さんにあやかって、造語してみました。じっと耳をすませている感じで。
英語だと、スリーパーっていうんでしょうね。

投稿: ちゅうすけ | 2008.10.26 16:00

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 〔橘屋〕のお雪(6) | トップページ | 〔うさぎ人(にん)〕・小浪(2) »