〔うさぎ人(にん)〕・小浪(2)
大盗・〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 48歳 初代)から、〔蓑火(みのひ)〕の喜之助(きのすけ 46歳)一味と、おんなおとこ(女男)で軍師のお竜(りょう 29歳)のことを話しあおうと言われたばかりか、茶店〔小浪〕の女将・小浪(こなみ 29歳)が、〔狐火〕一味の{直(じき)うさぎ人〕の一人との暗示をうけた銕三郎(てつさぶろう 23歳)は、あまりのことに、しばらく、言葉がでなかった。
【参照】茶店〔小浪〕の女将・小浪 (イ) (ロ) (ハ) (ニ) (ホ) (へ)
勇五郎は、ゆったりとかまえて、銕三郎の返事をまっている。
やっと、こころの準備ができた銕三郎が口にした言葉に、勇五郎は、声をあげて笑った。
「お頭。小浪は、〔木賊(とくさ)〕の若いのと、できておりますよ」
「それも、小浪の手練のうちです。あの女(こ)は、おのれの武器の効力の強さを、こころえすぎるほどこころえております」
「〔木賊〕の林造(りんぞう 59歳)のおんなになったのも、手管のうちですか?」
勇五郎がうなずいた。
「長谷川さま。江戸の盛り場を縄張り(しま)にもっている香具師(やし)の元締のふところへあがりが大きく入ってくるのは、どことどことおふみになりますか?」
銕三郎が、浅草と両国広小路、上野広小路---をあげると、勇五郎が足した。
深川八幡宮の門前、音羽の護国寺の門前、芝の神明宮の門前、根津権現の門前、それに新宿と品川宿。
「金が舞うところには、いろいろな噂やおいしい話がころがっているものです。おいしい話といえば、美味しい料理屋もいいおんなもそろっています。お役人は、おいしい料理に目がありません。そこでもれこぼれたおいしい話を耳にしたおんなが話を金にかえます」
「〔雌(め)うさぎ人---」
「そうです。小浪は、そこに錘りをおろしました。自分は、ちょっと離れていて、魚が餌に食らいついてくるように仕掛けているんです」
「ほう---」
「ああいうところのおんなたちの弱みは、なんだとおおもいになりますか?」
「さあ---金かな」
「それもありますが、一番の餌は、男です。つぎに、美しくなること。金は、その次---」
小浪は、〔銀波楼〕の座敷女中にもぐりこんだ。
〔銀波楼〕は、林造の女房・お蝶(ちょう 51歳)が、おなじ今戸にある高級料亭〔金波楼〕の向こうをはってやっている料理屋である。
(今戸の料亭〔金波楼〕 『江戸買物独案内』)
(今戸の料亭の夜景 小林清親)
真っ先に餌に食いついたのが、林造であった。
結果は、茶店〔小浪〕の開店である。
茶店には、なにかと、男たちが集まる。
引きあわせるのは、それほどの手間ではない。
いい男にばかりにめぐりあえるとはかぎらない。
その始末は、今助(いますけ 21歳)の手配で、〔木賊〕の若い者たちがつける。
おんなたちは、〔小浪〕から離れられなくなる。
銕三郎は、初めて、裏の世界をかいまみた気分になった。
お仲(なか 34歳)が、みずから躰をよせてきたのも、あるいは、そういうことだったのかもしれない。
「それで---」
「お竜さんにわたりをおつけになろうとしているわけをお聞かせください」
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