お勝の杞憂(3)
息がふだんに戻り、それでも目をつむって余韻をまさぐっているお勝(かつ 37歳)に、
「相談ごとは---?」
お勝は、指で平蔵(へいぞう 33歳)のものをゆっくりともてあそびながら、平蔵の中指をおのれにみちびいた。
「お咲(さき)のことなんです」
「いくつになった?」
「16です」
「おんなの兆(しる)しはあったか?」
「はい。去年」
お勝の相談ごとは、お勝と姉のお乃舞(のぶ 19歳)のふつうでない愛情に気がつき、
「乃舞あんちゃんがお嫁にいかれへんのは、お勝かぁちゃんのせいや」
毎日にのように責めるようになったのだという。
もちろん、お乃舞は、やめるつもりはないと断言している。
しかし、男を迎えいれた体験がないから、いつ、どうなるかはわからない。
いっそ、体験させ、どちらを選ぶか決めさせようかとおもわないでもない。
手を焼いているのは、お咲のほうであった。
髪結い・化粧(けわい)師の手職は身につけたいが、いっしょには暮らしたくない、姉妹の縁も切らないと自分に好きな男ができたときに嫁にもらってもらえない---といい張り、いまにも出ていきそうだと。
「好きな男(の)がいるのか?」
「〔福田屋〕の手代の達吉(たつきち 20歳)に気があるみたいだけど---まだ、あの齢ですから、いつ気が変わるかしれたものではありません」
「〔福田屋〕でも、20歳の手代に所帯を持たすはずがない」
「だから、手職をおぼえて---とおもっているようなんです」
ふたたび、お勝が乗ってこようとしたが、平蔵が、
「今宵は、もう、いいだろう」
「でも、こんなに元気なのに---」
「それはお勝が、すすめ上手だからだ」
じつは、平蔵は気がついたのである。
以前とちがい、おんなと過ごすなら、ひと夜ずっとでありたい。
帰宅を気にしながらの逢う瀬は、自分の気を晴らすことはできるが、ただそれだけにすぎない。
お咲は、けっきょく、家をでていくことになった。
引きとってくれたのは、〔音羽(おとわ)〕の元締・重右衛門(じゅうえもん 52歳)・お多美(たみ 37歳)夫妻で、〔音羽〕分の〔化粧読みうり〕のお披露枠を買いきっている市ヶ谷八幡下の紅白粉問屋〔紅粉屋〕で腕を磨くことになった。
【ちゅうすけ注】後日談を書き添えておく。
お咲の相手は、なんと、〔越畑(こえはた)〕の常平(つねへえ 26歳)であった。
お多美(たみ 37歳)とお咲が交わす京言葉にころりとまいり、躰をあわせたらしい。
宇都宮での〔化粧(けわい)読みうり〕の刊行が軌道にのり、お咲の髪結・化粧の腕も一人前になった安永8年(1779)年春、招かれて平蔵夫妻、〔音羽〕夫妻、お勝・お乃舞の2人連れが日光街道を下っていた。
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コメント
お咲ちゃん、常平さんと出会えてよかった。
たしかに、お乃舞さんの性生活はふつうじゃない。
やはり、やさしい男に抱かれるのがおんなはいちばん。
投稿: tsuko | 2010.11.06 05:42
>tomo さん
じつは、お咲までお乃舞のようになっては困るとおもっていました。
いや、あの世界に詳しくないので書くことに困難をともなうからです。
常平が見初めてくれてほっとしています。
しかし、ほどなく子もうまれましょう。そうなったら、お勝もお乃舞も嫁側の親族として見てやらなければなりません。
江戸と宇都宮は2泊3日の距離ですからねえ。
投稿: ちゅうすけ | 2010.11.06 14:42