[化粧(けわい)読みうり]西駿河板
「お三津。嶋田へ帰ったら、考えておいてほしいことがある」
藤沢の旅籠〔瀬戸(せと)屋〕の離れ座敷であった。
お三津(みつ 22歳)は、ここでも離れ座敷のある宿屋を選んでいた。
平蔵(へいぞう 37歳)とのときにおもわずこぼす睦(むつ)み声を自覚してのこころ配りであった。
あとで訊くと、小田原の新宿町の旅籠〔梅ノ井〕で紹介されたと、けろりと応えた。
大井大明神(神社)脇の置屋を表の家業にし、裏では香具師(やし)の元締をやっている〔扇屋(おうぎや)〕の万次郎(まんじろう 51歳)が、藤枝や掛川の元締衆と板行を相談している〔化粧(けわい)読みうり〕の板元を引き受けないかともちかけた。
酒のあいまに、昼間、梅沢で手にいれた一枚を渡し、京での成功、江戸での結果を語って聞かせると、のりだしてきたが、
「江戸での板元は、平さんが親しくしている女(ひと)なの?」
「ちがう。以前は箱根の荷かつぎ雲助の頭領だった男だ」
「男の板元かあ」
「そこだ、西駿河板は、若いとびきりの美女が板元というだけで金箔つきの読みうりになる。そうだ、京から絵師の北川冬斎を下向させ、お三津を何枚も描かせよう」
「うれしいような、恥ずかしいような---でも、これで平さんと縁がつながったとおもうと、うれしい」
板元となると、掛川藩とか陣屋へのとどけもしなければならないから、本陣の若女将の肩書きをはずし、あの家を版元所として書き出しておいたほうがいいかもな。ま、じっさいに動きだすのは、来年のことであろうが---」
「それまでに、なんども相談に江戸へ下らなければ---」
「そうだな」
「江戸に、一軒、借りてしまおうかな」
「借りるまでもない。こころあたりがある」
先行きが、ばっと明るくなったせいか、その夜のお三津の、みだらぶりは尋常ではなかった。
保土ヶ谷宿の旅籠でも離れをとり、しまわれていた櫓炬燵を2ヶださせて長火鉢の代用とし、みだらを満喫した。
で、結局、江戸までいっしょにき、〔箱根屋〕の権七(ごんしち 50歳)と〔耳より〕の紋次(もんじ 39歳)に引きあわせた。2泊ほど旅籠におとなしく泊まり、供の爺やとともに上りの桧垣(ひがき)廻船で嶋田へ帰っていった。
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