[化粧(けわい)読みうり]相模板(2)
翌日の午後、〔宮前(みやまえ)〕からの遣いの若いのが、江戸からのとどきものが着いたから、明日の八ッ(午前10時)に城下から1里半東よりの梅沢村押切坂の立場(たてば)の茶屋〔津多(つた)屋〕の奥座敷をとっておいたから、そのまま江戸へ向かうつもりでお越しありたいと伝えてきた。
遣いは〔馬入〕(ばにゅう)の勘兵衛(かんべえ 54歳)と高麗寺(こうらいじ)〕の常八(つねはち 35歳)にも出してあるという。
〔宮前〕の大貸元のところへ[化粧(けわい)読みうり]の見本が着いたのなら、〔馬入〕の勘兵衛もすでに手にしているはず。
(だが、さて、〔箱根屋〕の権七は、おれの手くばりという一筆を入れてくれたろうか。勘の鋭い権七のことゆえ、ぬかりはあるまいが---)
万事、筋書きじおりの手配が終ったから、小田原名物〔透頂香(ういろう)〕でも、与頭(くみ 組)頭・牟礼(むれい)郷右衛門勝孟(かつたけ 61歳 800俵)ほかへ配る土産とし、松造(よしぞう 31歳)に購(あがな)ってこさせるかと、1分(4万円)を渡し。
「これで、購えるだけもらってこい。お粂(くめ 41歳)とお通(つう 14歳)の分もいれておけ」
松造と入れちがいに番頭が、結び文をとどけてきた。
開くと、
新宿町の旅籠〔梅ノ井〕でお待ちしています みつ
目を疑ったが、お三津(22歳)からにちがいなかった。
宿泊している本陣・〔窪田〕は宿町だから、新宿町はとなりであった。
着流しのまま、帳場へ、夕飯は無用、松造へは明朝は六ッ半(午前7時)発(だ)ちと伝えるようにいいおき、旅籠〔梅ノ井〕を訪ねた。
お三津はぜいたくな風呂つきの離れをとっていた。
「どうしたのだ---?」
「お忘れもの---」
「はて---」
「私がうっかり、番頭へ伝えるの忘れていたの。古室(こむろ)さまから、平(へい)さんご滞在分として2分(8万円)をお預かりしていて---」
紙包みには5両(80万円)入っていた。
「現に、われが滞在したのだし---」
「いいえ。平さまは、私の家へお泊りでした」
「それにしても、多すぎないか---?」
本陣の女将としての手ぬかり詫び料もはいったいる、と笑いながら頭をさげた。
真意はわかっていた、詫び料は口実で、都合がついたら、しめしあわせて藤沢宿とか鶴見宿あたりで落ち合うための路銀のつもりであろう。
「どうやってきた? 馬か?」
「桧垣廻船に頼みこんだの。 半日ちょとでした。江戸まで嶋田から、風の具合さえよければ3日だそうです」
「江戸には、室も親しいおんなもおる」
「そうでしたね。お湯、浴びません?」
明日は、梅沢で命がけの用があるから、今夜は泊まることはできない、というと、泊まりは藤枝宿の本陣〔蒔田〕かと問うた。
「多分、そうなる」
「では、また、文します」
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