おまさのお産(6)
「猫下(おろ)し---か。食い残しのことだが---」
苦笑しながら応えた平蔵(へいぞう 38歳)に松造(よしぞう 32歳)が、
「手前はまた、芸者がややを堕(おろ)したのかと早合点しました」
三味線は猫の革を張っているので、芸者のことを「猫」とも呼んだ。
権七(ごんしち)が受けて、
「長谷川さま。猫ついでですが、猫下しは、猫かぶりかも---}
「猫又婆(ねこまたばばあ)ともいうからなあ。目くらませかもな」
猫又婆ぁとは、貪欲な老婆の蔑称である。
3両はもっと大きな狙い目を隠すための小手先の、猫舌の「猫が茶を飲む」---小癪な技と、きめつけたいのだ。
そういう猫かぶりを、むかしの人は猫辞儀(ねこじぎ)とあざけった。
もちろん、平蔵とて猫談義が言葉あそびであることはこころえていた。
なんでもいい、3両の手がかりが、ひょいとつかめたら---と軽口をつきあったにすぎない。
たとえは悪いが、猫の妻恋(つまごい)---新しいとっかかりを呼んでみたというところかも。
いや、やはり、猫道は抜けた。
【ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』文庫巻14[殿さま栄五郎]p126 新装版p128 に、〔五鉄〕の裏に細い猫道があると書かれているのを、とりあえず、お確かめいただきたい。
6軒とも、小判の仕舞いどころに錠はつけていなかったかどうかを訊きわすれていたことに気がついた。
肝心なことなのに、どうしてぬかったのか。
もう一つ、猫などなら、縁の下から忍びこめよう---といっても、そこから部屋へ上がるには工夫を要しようが。
仮に猫として、畳などをひっかき痕(あと)をのこさないものか---このことは佐倉へ問いあわせる前に、猫を飼っている誰かにたしかめてみよう。
「権さん。猫を飼っている知りあいはいないか?」
「猫なら、お島(しま 18歳)が三毛を飼っていますが---」
「爪で畳表を傷めないか?」
「それはありません。縁の下の柱で爪を研ぐので困ってはおりますが」
「ふーむ」
思案が、またも迷路に迷いこんだ。
「お島坊は、いくつになった?」
平蔵が名づけ親であった。
権七はそのことには触れず、
「明けて、18歳ですよ」
「婿をさがさないとな」
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コメント
これまでも、いろんな事件をみごとにさばいてきた平蔵ですが、今回は、連続密室事件ですか、それとも、現地へ出張らないようだから、安楽椅子探偵を演じようってわけですか?
投稿: yotarou | 2011.07.03 05:07
>yotarou さん
お久しぶりです。お変わりありませんでしたか?
いえ、ミステリーは好きでたくさん読みましたが、『鬼平犯科帳』は池波さんご自身が捕物帳じゃないといっていますから、ミステリー好きのyotarou さんには申し訳ありませんがミステリー仕立てには作ってはいないつもりです。
じゃ、なんだと訊かれたら、銕三郎のヰタ・セクスアリスと答えたほうがいいのかな。
投稿: ちゅうすけ | 2011.07.04 17:02