おまさのお産(5)
「どうも解(げ)せぬ」
その疑問点を書き並べてみた。
酒蔵[土井〕治兵衛方 弥勒町(みろくまち) 12両(192万円)
呉服舗〔奈良屋〕重太郎方 新(しん)町 3両(48万円)
筆墨商〔紫石(しせき)屋〕吉田伝左衛門 (同町) 5両(80万円)
藩用人・町田多膳方 宮小路(こうじ) 6両96万円)
鉄物問屋〔升屋〕佐平治方 間(あい)之町 3両(48万円)
荒物商〔関屋〕郡右衛門方 (同町) 3両(48万円)
富商の盗難にしては金額が少なすぎる。
下総(しもうさ)国佐倉藩の江戸屋敷で用人つきを勤ている志田数弥(かずや 30歳)に、盗難に気づく日からさかのり、何日前に有り金をあらためたか、また、盗難に気づいたときの残金額を問うあわさせた。
江戸と佐倉は13里半(54Kkm)、藩が設けているご用速飛脚なら、1日たらずでとどく。
3日後には返書がきた。
酒蔵[土井〕 残金32両 改めは1ヶ月前。
呉服舗〔奈良屋〕 残金56両 改めは 2日前。
筆墨商〔紫石屋〕 残金16両 改めは10日前。
藩用人・町田家 返事なし
鉄物問屋〔升屋〕 残金26両 改めは前日。
荒物商〔関屋〕 残金8両 改めは2日前。
「いよいよ奇怪だ。盗んだ金の数倍もの金貨があるのに、残して去る盗賊があるであろうか」
ひとりごちた。
〔紫石屋〕吉田伝左衛門方の5両を除くと、1晩の獲物は3両---酒蔵[土井〕は3両が4回、町田用人邸は2回とみれば、〔紫石(しせき)屋〕は3両と2両だったのではあるまいか。
(なぜに、1晩に3両ぽっきりなのだ? 10両以上盗めば打ち首ということを恐れているわけではあるまい)
営中でも用事がないことをいいことにし、この疑念をつめていた。
下城の帰路、なんということはなしに、深川・黒船橋北詰で町駕篭〔箱根屋〕をやっている権七(ごんしち 51歳)の顔が見たくなった。
考えあぐねたときは、最近はいつもこうであった。
「いいところへお立ち寄りいただきました。こちらからおとどけに参上するつもりで用意しておりました」
商人としての言葉かいがすっかり板についてきていた。
小判3枚に2分金数ヶと小粒が卓の上に並べられた。
〔:化粧(:けわい)読みうり〕の板元料の平蔵の取り分であった。
いつもだと、
「すまぬな」
松造(よしぞう 32歳)にしまわせるだが、この日にかぎり、平蔵はじっと小判を瞶(み)つめていた。
「どうかなさいましたか? くずしておいたほうがよろしかったのでしょうか?」
「そうではない。権さん、計(はか)りはあったかな?」
「なにをお計りになりますので?」
「この小判3枚---」
権七の顔色が変わったが、すぐに平静にもどり、
「今日、両替屋でまとめてもらったばかりの小判ですが---」
「権さん。小判を疑っているのではないのだよ。3両の重さがしりたいのだ」
佐倉の盗難の件を手ばやく話してきかせると、権七は頭をかき、
「失礼いたしました。しかし、小判の山を目の前にして3枚しかくすねないとは、猫に小判ですな」
「猫に小判---。いや、猫下(おろ)し、かも」
松造がきき返した。
「殿。猫下し---とは?」
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