蓮華院の月輪尼(がちりんに)(8)
「昨夜、お専(せん)の笑顔は童女のようで、齢が10歳は若くなるとおっしゃってくださいました。童女か一人前のおなごか、お試しになってみてください」
つま先立ちになり、平蔵(へいぞう 38歳)の肩においた手で躰を支え、耳元てささやいた。
「その、われの言葉にはいつわりはない。だが、ここで試みるわけにはまいらぬ」
「患(わずら)いの人は、ちゃぼとけい草であと2刻(4時間)はお目がさめません」
腰を抱き、すりつけてきた。
「気持ちはわかる。だが、ここではあの匂いがのころう。病人は五感が敏感になると聞いておる」
「外へまいりましょう。1刻半で戻れば---」
腰にまわしている腕に力がこもった。
「2階の行灯を消してくる。病室の行灯を弱め、病人の手のととかないところへ移し、昼着に着替えて玄関で待て---」
(多紀元簡(もとやす 29歳)へのことづけが無駄になったか)
奈々は着物の前をはだけ、大股をひろげて眠っていた。
寝衣をかけてやり、行灯を消すと、一瞬のうちに暗闇に溶けた。
行き先は、浄心寺裏の山本町の宗徒旅荘〔甲斐山〕しかなかった。
先ほど、奈々を支えてわたった亀久橋を、こんどはお専とならんで逆にわたった。
1丁半(150,m)ほどであった。
(緑○=茶寮〔季四〕、青○=里貴宅、赤○=旅荘〔甲州山〕 近江屋板)
風呂と酒を頼んだ。
箱形の板の湯舟で、向き合った。
お専の裸躰は、乳房は盛り上がっていたが、子を産んでいないために乳頭は小さく、左のは房にめりこんでいた。
腕をのばし、つまんで引きだし、もんでいると硬くなり、つきでてきた、
「いつも、こうか---?」
「ですから、男にはめったに胸を見せません」
お専の息つがいが昂ぶるのがわかった。
挙立してきたものに、お専が触った。
「待ちきれません」
(長谷寺の塔と桜)
同じ時刻---;蓮華院の沙弥壇(しゃみだん)の前。
ふだんは秘して手をとおさない淡い桜色の短い寝衣をまとった月輪尼(がちりんに)が、懺悔といてうより法悦に浸(ひた)りきったように唱えていた。
観世音菩薩さま。
また、きょうも抱いてしまいました。
あの子を見ると、初瀬(はせ)村で修験中にふとしたことから睦みあった、長谷川藤太宣久(のぶひさ 21歳=当時)がおもいうかび、どうしても抱かずにはいられなくなるのです。
宣久とは、初瀬川の隠口(こもりく)の渕で、秋の夜、大伴坂上郎女の、
隠口の泊瀬(はつせ)の山は色づきぬ時雨の雨は降りにけらしも
初瀬川の渕で湯文字ひとつで水浴びして吟じていた時に、闖入してきた裸体の若者でした。
十九夜の月光の下、水をかきわけてき、私を掴むと、湯文字を奪いとり、抱きあげました。
そして、乳房を吸われているうちに、おもわず、若者の首に腕をまきつけてしまったのです。
若者は名乗りました。
「長谷川の嫡男・宣久です。この3夜、比丘尼の水浴みを盗み看ておりましたが、今夜の月光の下の裸身があまりに美しいので、たまらず---」
宣久は、抱いたまま、唇を秘部へ移し、舌をやさしくふるわせました。
「どこで覚えたの?」
私は訊きました。
宣久は、応える代わり,に、
隠口の泊瀬(はつせ)の山に照る月は盈戻(みちかけ)しけり人の常無き
宣久は、私が14歳のときに受けた性の傷をさっぱりと癒してくれました。
それからは、夜の水浴びが待ちどおしくなったものの、永くはつづきませんでした。
密会は、長谷川一族のしるところとなり、長谷寺の長老へ告げられ、私は禁足させられました。
放逐でなく下知すんだのは、都の朝廷における父の権力のお蔭でした。
宣久の面影を色濃くにじませたあの子をあきらめることはできません。
一夜でもいいから、いっしょに眠りたい。
終りそうもない性の煩悩地獄です。
でも、こうした煩悩に苦しむ者がいればこそ、観音さまはおあらわれくださったのでございましょう。
お許しください。
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コメント
月輪尼さんには、そういう夢幻的な過去があったんですね。といいな。
投稿: otsuu | 2011.08.17 09:39
>otsuu さん
拡大鏡をあてると、人には意外な過去があるものです。月輪尼は生まれが生まれだけに、しもじもでは想像もできないような過去をもっているとおもいます。
投稿: ちゅうすけ | 2011.08.17 11:34
平蔵にとってお専とのことは、口禍というか、事故みたいなものですね。里貴の看病を人質にとったお専もしたたか。でも、世の中には、そういう事例もあるんでしょうね。
投稿: 文くばりの丈太 | 2011.08.17 11:46
>文くばりの丈太 さん
いつも、コメント、ありがとうございます。
健康で年ごろの独り者であれば、性的飢餓感は男女の別なく身に覚えがありましょう。ましてや、夫との性的生活を送ったこともあるお専です、秘密が守られ、安心できる相手であれば、ことを行うでしょう。
しかも、看護している里貴は40歳で肌は白いが、秘部には、日本人の常識では貧弱な芝生---優越感を持つとともに、刺激も受けた。
奈々といっしょに送り出してみると、なにごともなく帰ってきたし、これは逃がすべからず、となってあたりまえです。
それを察し、お専に恥をかかすまいと、応えてやった平蔵の寛容心も褒めていいですね。
投稿: ちゅうすけ | 2011.08.17 12:58