辰蔵のいい分(11)
「辰(たっ)はん。目ぇ、さましぃ---」
遠いところから呼びかけられたような気がし、辰蔵(たつぞう 14歳)は意識をもどした。
ずきんをとって剃りあげた青い頭の月輪尼(がちりんに 22歳)の瓜実形のととのった顔が見下ろしていた。
「御師(おんし)---」
「敬(ゆき)と呼ぶ約束やったんおへん?」
澄んだ目がゆっくりと微笑んだ。
「あれは、夢の中での約束では---?」
「辰はんだけに洩らした、仏門に入れてもらう前の名ぁでおます」
「すると、敬、ゆき---と呼びかけたのは---?」
「はい、きちんとうけとめてたん、裸躰が応えてましたやろ」
「夢ではなかった---」
なんとなく月輪尼から艶っぽい感じをうけた。
比丘尼の略装である.白っぽい中根衣(なかねげ)に、桜色の腰巻をまいているからだとわかった。
「月輪---敬さま。腰巻が色っぽい」
「ときとどき、おんなに戻りとうなるときがおますねん。そないなとき、巻いてみたりして---」
「おんなに戻る---?」
「辰はんみたいな、可愛らしい子に出会うたとき---」
敬の唇が招く形に丸まり、両手をひろげた。
辰蔵がとびこむと、抱いたまま倒れた。
帯をはずしていた辰蔵の前はひらききっていた。
「よそにいうたら、あきまへんえ」
「辰蔵の顔つきが変わりました」
遅く帰ってき、すぐに床へ入った平蔵(へいぞう 38歳)の左横へ、黙ってすべりこんだ久栄(ひさえ 31歳)が、脚をからませ、甘えた。
「どう変わった---?」
「1年前の明るさが戻り、さらに、これまで感じなかった男っぽさが匂うようになりました」
「おんなでもつくったかな---?」
「難儀なおなごでなければよろしいのですが---」
朝まで、久栄は自分の寝所へ引きあげなかった。
翌朝。
鉄条入りの木刀の振っていた辰蔵の脇へあらわれた平蔵が、
「布施(十兵衛良知 よしのり 41歳 300俵)のご息女---なんというたかな---?」
「丹而(にじ 13歳)どのですか---」
振る腕もとめずに応えた。
「そうじゃ、その丹而どのに、婿が内定したそうじゃ」
「それは、重畳---」
「それがな、おぬしと同い年の14歳での---」
「別におかしくはございませぬが---」
あいかわらず、腕はとまらない。
「まあ、婿入りは3年先になるそうじゃが---」
「拙には、なんのかかわりもございませぬ」
父親を無視して振りつづけた。
(これは、間違いなく、新しいおんなができておる。奈々(なな 16歳)熱も冷(さ)めたらしいな)
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