辰蔵のいい分(9)
「不思議です。 御師にお会いした日から、こころが解きはなたれたように、こだわりが薄らぎました」
3日目、辰蔵(たつぞう 14歳)が素直に月輪尼(がちりんに 23歳)に告げた。
独り居のときにだけに尼僧にゆるされる略装の中価衣(なかげね)姿の月輪尼が、柔らかな微笑でうけた。
もちろん辰蔵は、長襦袢のような中価衣の意味は知らない。
「きょうは、あとの施療の人をとってぇへんよって、刻(とき)はぎょうさんおます。ゆっくりまいりまひょ」
先日のように外の光と音が遮断され、まったく2人きりの世界になった次の間には、異様な匂いが満ちていた。
ひと口でいうと、森のなかの獣(けもの)の巣が発する匂いに似ていた。
歌うような「父母恩重(おんじゅう)経の読経がはじまった。
[かくのごとく我れ聞く(如是我聞)。
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飢(うゆ)る時、食を須(もち)ふるに母にあらざれば哺(ほ)せず。
喝(かわ)く時、飲(いん)を須(もち)ふるに母にあらざれば乳(iにゅう)せず。
母飢(うゑ)にあたる時も、苦(にが)きを呑んで甘きを吐き、乾(かわ)けるをおして湿(うるほ)へるに就(つ)く父にあらざれば親しからず。
母にあらざれば養なはず]
辰蔵には、月輪尼の声が仏のものに聞こえ、酔っていた。
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酔いが心地よくなったとき、
「そなたを天空にまいあがらせた女躰(にょたい)を、うとわしくおもいはじめたのは---?」
「櫓炬燵が並べられた時からです」
「櫓炬燵がどうしたのかな?」
「その上に板の覆いとふとんが載せられ、素ッ裸のおんなは仰臥しました」
「外(とつ)国---唐天竺(からてんじく)では寝台(ねだい)というて、珍しくはない。その寝台を閨(ねや)ごとの小道具として重宝しているそうな」
「おんなを有頂点にするための閨(ねや)ごとの小道具でした」
「おんなは閨ごとの因果として、産む苦しみをさずかっておる。閨ごとの楽しみを、百、千もとめて、どこがおかしい?」
「そのための道具の一つとして、拙が使われました」
「そなたも楽しんだ---?」
「はい。しかし、前夜のほうに、より快楽がありました」
「おんなは陰じゃ---陰を堪能させてこそ、陽の生きがいというものではないのか?」
「------」
「陰がそこに行く」
白い裸身の月輪尼が上にかぶさり、辰蔵のものをみちびいた。
上のままゆっくりと腰をゆすり、やがてうめきはじめた。
「ああ、御師(おんし)---」
「敬(ゆき)です、敬と呼んで。辰(たっ)はん、可愛い---」
「敬---::ゆきっ--いい」
「辰---たつゥ--おお、すごいィ」
部屋が明るくなった。
庭側の襖があけられたのだ。
月臨尼がかぶさってきたときの辰蔵も裸で応じていたのに、いいまは帯をはずした着物のままで寝ていた。
着物の裾がいささか乱れてはいたが---。
尼は、問いかけをはじめるまえと同じ中価衣の姿で端坐していたものの、顔の桜色が鎮まっていなかった。
起き上がろうとすると、月臨尼がはさみ紙を手渡し、
「おことのものをようく、ぬぐっておおきなさい」
下帯は汚れていた。
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コメント
空海が持ち帰ったといわれている夢幻の中の交わり---すばらしいでしょうね。いちど、体験してみたい。
投稿: tomo | 2011.08.06 04:37
まさしくカウンセリングですね。それも、肉体を参加させての・・。官能的ですね。
投稿: numapy | 2011.08.06 05:53
>tomo さん
「おんなは閨ごとの因果として、産む苦しみをさずかっておる。閨ごとの楽しみを、百、千もとめて、どこがおかしい?」
真言密教を長谷寺で会得した月輪尼の言葉です。
その法悦の頂上ずなければ、2人も3人も産もうという気持ちにならないでしょう。宗教は、人間の本性をよく見抜いています。
投稿: ちゅうすけ | 2011.08.06 10:16
>numapy さん
numapy さんのコメントを得て、当ブログが小説まがいから学問よりに移動するみたいです。ありがとうございます。
投稿: ちゅうすけ | 2011.08.06 10:19