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2011.08.05

辰蔵のいい分(8)

「それは、月輪尼(がちりんに)さまへお引きあわせかるのが良策とおもう」
二代目〔木賊(とぐさ)〕の今助(いますけ 36歳)から相談をもちかけられた〔音羽(おとわ)〕の元締・重右衛門(じゅうえもん 57歳)が、たちどころにすすめた。
月輪尼さま---?」
「大塚の護持院に庵をお結びになられている庵主(あんじゅ)さまでしてな。ご法話でこころの病いをおなおしになると、たいそうな評判です」

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大塚 護持院 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)


このような経緯(いきさつ)で、辰蔵(たつぞう 14歳)は月輪尼の施療をうけることになった。
初日は、重右衛門がつきそった。

月輪尼は20歳前のむすめのように若く見え、みずみずしく張りきった白い肌と澄んだ瞳の尼僧であった。
じつは、23歳であった。
19歳で受戒(じゅかい)し、庵主となって1年と経っていない。


ちゅうすけ注:平蔵(へいぞう 38歳)であったら、誠心院(じょうしんいん)の庵主・貞妙尼(じょみょうに 享年26歳)の輪廻(りんね)かと驚いたろう)

辰蔵はむろん、平蔵貞妙尼の破戒の過去はしらない。

参照】20091011~[誠心院(じょうしんいん)の貞妙尼(じょみょうに)] () () () () () () (

父と親しい〔音羽〕の元締から、京都のさるお公卿(くぎょう)さまの姫であったお人とだけ聞かされていたから、
(さすがに穢れのない美しいお方だな。面影がどこか奈々(なな 16歳)どのに似ておる)

辰蔵は気づいていたかどうか、若年増のすまし顔に、胸中でひそかに投げつけていた、
(あのときには夜叉に化けるくせに---)
罵声が湧いてこなかった。

辰蔵だけがのこると、つづきの間の厚い床布団が敷かれた部屋へみちびかれ、行灯を点(とも)すと襖をしめ、外からの明かりを断った。

「だれも聞いてぇやおまへん。袴とり、帯はずし、横になり、おくつろぎやす」
澄んだ鈴のような声であった。

不審顔ながら、指示どおりに仰向けに転がると、
「喉が乾きはっら枕元の水で潤しやす。眠(ね)てもうたかてかめしまへん。おもいつくまま応えはったらよろし」

歌うように「父母恩重(おんじゅう)経」が読経された。

[かくのごとく我れ聞く(如是我聞)
------------]

辰蔵には、天空から降ってくる天女のささやきのようにおもえた。

[------------
仏の言(のたま)わく、ひと生まれて世にある、父母(ちちはは)を親となす。
父にあらざれば生まれず。母にあらざれば育たず。
これをもって母胎(もたい)に寄託して懐娠すること10月(じゅうがつ)、歳(とし)満ち月充(み)ちて憂愁(うしゅう)してともに啼(な)く。

生まれて草上(そうじょう)に堕(おつ)れば父母養育して闌車(らんしゃ)に臥(ふ)せ着(つ)く。
父母懐抱(かいほう)して和々(わわ)として声を弄(ろう)するに、笑(わらい)を含んで、いまだ語(ものい)はず。
--------------
--------------]

辰蔵は、躰が浮きあがり、宙をただよっている気分であった。

「そなたが、女躰(にょたい)に親しんだのは、幾歳のときであったかの?」
仏に訊かれた気分で、
「13歳でした」

「始まりは?」
「汗を流せとすすめ、湯殿へ導かれました---」

「そなたのものがその気を示したのであろう?」
「むこうも湯文字をはずしましたゆえ---そのようになりました」

「初めてのそなた、よくも玉門がくぐれれたの」
「むこうの案内にしたがってくぐりました」

「そのものの名は---?」
「お小夜(さよ)」

「齢は--?」
「22歳とか」

天の声が、かすかに、
「---ふう」
ため息を洩らしたようであった。

「どのようなものであったかの?」
「それが、よくはわからないのです。なにも教えてくれなかったのです」

「きょうは、これまで---」
奥側の襖が開かれ、次の間の障子が中庭の光りを映していた。

「いかが? 3日後にも法会をうけはりますかの?」
にこやかに訊かれた。
「ぜひ。なにやら、気が軽くなりました」


参照】[貞妙尼(じょみょうに)の還俗(げんぞく) () () () () () () () () () (10

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006長谷川辰蔵 ・於敬(ゆき)」カテゴリの記事

コメント

おお、心理療法による辰蔵の回復ねらいですか。
これは思いもよらない場面でした。しかも、密教のようですね。
いろんな意外性を楽しませてもらっています。
『江戸名所図会』の護持院の塗り絵、立体感がすてきですね。

投稿: 文くばりの丈太 | 2011.08.05 05:24

まだはっきりしませんが、どうもタントラ・ヨーガ(エクスタシー礼賛)のような気配を感じます。
もしくは、催眠療法のようなものかも。考えてみれば、現代の治療法も、最終的には似たようなものかもしれませんね。

投稿: numapy | 2011.08.05 11:32

>文くばりの丈太 さん
むかし、心理療法をすこしかじったことがたありまして。
江戸時代なら、心学を書くべきかもしれませんね。

投稿: ちゅうすけ | 2011.08.05 16:01

>numapy さん
タントラ・ヨーガ(エクスタシー礼賛)---はじめて目にしました。ユダヤ教も「エンジョイ、エンジョイ」とすすめていると聞いたことがあります。セックスの法悦もすすめないと信徒がふえませんものね。

投稿: ちゅうすけ | 2011.08.06 07:38

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