誠心院(じょうしんいん)の貞妙尼(じょみょうに)(4)
「もう、お戻りにならはらんと---」
貞妙尼(じょみょうに 25歳)は、銕三郎(てつさぶろう 28歳)の乳頭を吸うと立ちあがり、脱ぎすておいた中宿衣(ちゅうしゅくね 襦袢)だけをはおり、隣室の風炉(ふろ)の鉄瓶から湯をみたした手桶に、手拭いをひたした。
みじかい中宿衣のままで紐も結んでいないため、膝をついた中腰になると、薄暗いなかにも豊かな白い尻が露わに出、前のほうは乳房も黒い茂みも銕三郎の側から丸見えであった。
「弁天さまのこの上ないお目見(めみえ)---まさに眼福」
銕三郎の戯(ざ)れ口にも、そういうことが交わせるあいたがらになれたことを喜ぶように、
「さ、尼僧を殺した妖刀を、ここでぬぐいまひょ」
半しぼりにしての手拭いで、銕三郎の下腹から太股の内側まで入念にぬぐい、つづいて堅絞りにしたので水気を除いた。
貞妙尼のしなやかな指の感覚に銕三郎のものが勃起しはじめると、
「今宵は、いい子して、もう、寝んね。つぎの再会は、10夜の先---」
かがんで、先端をぺろり舐めた。
そのあと、その手拭を半しぼりにして、両股を大きくひらき、内股を拭く。
凝視している銕三郎に嫣然(えんぜん)と、
「亡夫の生前、貧しゅうて、桜紙がもったいのうて、こないして、始末してましたの。亡夫は、見てるうちに催してきはって、せっかくの湯ゥ拭きを無駄にしてはりましたんえ」
「ありがたいご開帳、拙は初めて拝観。そそられ申す」
「ほな---。いえ、あきまへん。10日の宵までお預け---。うちは、み仏にお仕えしている身ィどすよって、白粉はつけてまへん。そやよって、その匂いは移ってぇしまへん」
けっきょく、銕三郎が房(ぼう)をあとにしたのは、五ッ(午後8時)をまわっていた。
もうすぐ(陰暦)2月(きさらぎ)となり、北野天神社などの梅花が見ごろというのに、京洛は、陽がおちるととたんに底冷えがきつくなる。
どこかで、犬が遠吼えをしていた。
情事で躰の芯がほてっていた銕三郎だが、この寒気にくしゃみひとつして、貞妙尼とのなりゆきをおもい返しながら、暗い街をいそぐ。
これまでに、何人かのおんなと肌をあわせたが、今宵のこれは、申しひらきのできないような所業であった。
尼は、「戒(かい)をやぶるんやったら、あとはどうなったかて、かめしまへん。身ィの肉が腐って、こころが痛がゆうなって---ふるえがくるほどに昂(たかぶ)ります」
それは、銕三郎もおなじく自分の中で、自制と戦ってはみたが、どうすることもできないで、踏みだしてしまった。
禁断のおんなを抱いてということでは、〔狐火(きつねび)〕が囲ったお静(しず 18歳)とのことがあった。
【参照】2008年6月2日 [お静という女] (1)
2008年6月7日[明和4年(1766)の銕三郎] (1)
ひょんな拍子でできてしまったが、さいわい、〔狐火〕は、たしなめただけで許してくれた。
もっとも、あれは、銕三郎と〔狐火]の、2人だけのあいだの事件であった。
貞妙尼の破戒に手(?)を貸したということは、全寺院、全信徒---世間を裏切った行いであったことに間違いない。
(それだけに、悪と知りつつはまっていった2人の気分の昂りも、尋常ではなかった)
比丘尼には、具足戒(ぐそくかい)と呼ばれる348ものまもるべき戒(かい いましめ)がある。
とりわけ、淫戒に対してはきびしい。
淫欲は、人間ならだれでも持っているものだからである。
夫が死んだために、その後の身を清く保とうとして誠心院(じょうしんいん)にこもったのに、銕三郎という若者をしったために、2年で破法を犯した。
(23歳で若後家になったお貞に、淫戒を犯すなというほうが無理なのかもしれない)
銕三郎は、勝手な言い訳をしてみたが、そんなことでは、貞妙尼の悩みはおさまるまい。
10日後に会えば、また、おなじ渕に沈むことは目にみえている。
(さて、おれはどうすべきか)
暗闇が言ったような空耳がした。
(だれも助けにはこないぞ)
【参照】2009年10月12日[誠心院(じょうしんいん)の貞妙尼(じょみょうに))] (1) (2) (3) (5) (6) (7)
【お断り】あくまでも架空の色模様で、貞妙尼も実在の誠心院、泉湧寺および同派の寺院もかかわりがないことをお含みの上、お楽しみのほどを。
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コメント
貞妙尼さんって、艶っぽい尼さんなんですね。きょうの事後の所作、やってあげたいって感じがすごくでています。
これまでの、お勝さんやお竜さん、お豊さんにはなかった、しとやかな京女の感じ。
映像化の時には、きょうのシーンは無理ですが、女優さんなら、どなたでしょう?
投稿: tomo | 2009.10.14 05:56
>tomo さん
面白い! 貞妙尼の役は、だれでしょう?
ぼくは、テレビをまったく観ないので、最近の女優さんを知らないのですが、昔の人であてると、真野響子さんかなあ。
お竜は梶芽衣子さんあたり? 空想力、貧困。
投稿: ちゅうすけ | 2009.10.14 07:33
伊東美咲って線はありませんか?
投稿: 左衛門佐 | 2009.10.14 10:16
>左衛門佐 さん
Google で検索してみました。
資生堂のCMで拝見。いかにも資生堂のモデルらしいきれいな人ですね。
投稿: ちゅうすけ | 2009.10.14 13:01
このサイトでの、こういう遊びは珍しい。
お竜さんを小雪さんではいかが?
映画『ザ・ラスト・サムライ』の印象で、そう思ったのですが。
あの当時の女性というか、人妻としては、精神的に自立していたように思いました。
もっとも、あの映画での小雪さんからは、女男の妖気は感じられませんでしたが。
投稿: 文くばりの丈太 | 2009.10.15 05:39
>文くばり丈太 さん
小雪さんが出演なさった『ザ・ラスト・サムライ』は、どういうわけか、観ました(ほとんど映画も広告だけしか観なくなってしまっています。観たい映画があるときにかぎってインフルエンザが流行っていて、怖くて映画館へ行けないのです)。
その後、小雪さんは、パナソニックのポスターとかCMで、たまに見かけていました。
お竜の性格づくりには、小雪さんはイメージにありませんでした。40年前に見知っていた知性の豊かな女性コピーライターのしゃんとした生き方にヒントを得ています。
しかし、小雪さんにも、面影があるかもなあ。俳優さんは与えられた役どころを演じていらっしゃるから、役の上で判断してはいけませんが---。
投稿: ちゅうすけ | 2009.10.15 09:47