誠心院(せいしんいん)の貞妙尼(じょみょうに)(7)
貞妙尼(じょみょうに 25歳)が瞼(まぶた)をひらいた。
部屋は、ほとんど暗く沈んでいる。
それなのに、横の銕三郎(てつさぶろう 28歳)をまぶしげに瞶(みつ)め、
「うち、どないかなったんやろか、躰が空に浮いてます」
「極楽から帰ってきたのだよ」
「ほんま。まだ、芯がしびれてますえ」
銕三郎が、背中を何度もゆっくりとなぜてやり、尻の丸みを掌で覆い、中指で谷間をとんとんと打ってやる。
その快さを笑顔で楽しみながら、
「淫欲たら、肉欲たら、情欲たら、色欲たら、性欲たら、いいますけど、字が違うとります。好きな人となら、聖欲、正欲、清欲、こころのこもった精欲どす。 色欲(しきよく)やなしに、分別したうえでの識欲。情欲やおへんで清らかな浄欲。仏典は間違ごうてます」
「拙にとっては、勢欲だったかも---」
「銕(てつ)はんのんは、若さの徴(しるし)やよって、うれしゅおす---」
それから、躰がまだほてっているらしく、裸のまま立っていき、行灯を点し、桜紙をとって内股をぬぐい、
「銕はんからの贈り物が多すぎたらしゅう、流れてきよりました。もったいない」
艶(なまめ)かしい仕草であった。
すぐに布団に入って語る。
仏道では、5欲として、財欲、色欲、飲食欲、名(みょう)欲、睡眠欲をあげていること、このうち財欲、名欲は少ないほうがよいが、飲食欲はよほどの美食をもとめなければ、生きものならみんな持っているあたりまえの欲だと言った。
魚、獣、鳥を食することを禁じているが、米や芋だって生命を持っているはず---。
理に筋が通っていない。
「色欲は、いまいうた聖欲どす」
月のものがなくなっても、男に抱かれたい気持ちは消えないというし、歯がすっかり抜けて歯茎だけの老婆も誘われればよろこんでしたがうと、母から聞いた、ともいった。
「母上は、お幾つ?」
「47歳にならはりました。父が逝ったのは10年前---うちが15、母(たあ)は37。夜、うちの布団にはいってきて、抱きしめ、太ももにすりつけて耐えてはりました」
そのうち、抱かれるだけの男ができたことは、打ちあけない。
銕三郎のそれを指先でいとしげになぶりながら、幼なかったときの寺子屋の壁に貼ってあった、やったら居残りという注意書きも話した。
「おんな組の壁だけどした。男の子の組には違ったんが貼ってあったんたどす」
一、顔のよしあし
一、着ているもののよしあし
一、家のくらしのよしあし
一、わがままなふるまい
一、男の子のうわさ
一、たんき
一、中ぐち(そしり口)
一、つげぐち
一、むだぐち
一、耳こすり(ないしょ話)
「男の子のうわさ---か。きびしいな」
「6歳から12歳ごろのおんなの子ゥの男の子のうわさかて、性欲の形が幼ないだけですやろ。それより、おんなの子にとってきついのんは、顔のよしあしと、着ているもののよしあし---どすけど」
銕三郎のものが硬くなったので、
「もう一遍、極楽を感じさせてほしおす---」
「10日後の愉しみにとっておきなされ」
「10日後も、ここで---いまから、待ちどうし」
初めてのときは、ねだった銕三郎を姉のようにたしなめた貞妙尼が、いまは、妹にでもなったように甘えきっている。
「庵までお送りしようか」
「今夜はここで寝て、ひとりで、なごりをたどります」
【参照】2009年10月12日~[誠心院(じょうしんいん)の貞妙尼(じょみょうに))]
(1) (2) (3) (4) (5) (6)
【お断り】あくまでも架空の物語で、貞妙尼も実在の誠心院、泉涌く寺および同派の寺院もかかわりがないことをお含みの上、お楽しみのほどを。
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コメント
寺子屋の女の子の教室の壁の禁令にはわらいました。
いまの女性週刊誌の内容がすべて禁止事項なんじゃないですか。
つまり、女性の欲望は、江戸も現代も基本的には変わっていないということなんですね。
投稿: tomo | 2009.10.17 05:50
どの文献だったか記憶にないのですが、1982年に誠文堂新光社から上梓した『江戸老舗さんぽ』の[駒形どじょう]の章に引いています。
52歳のときの上梓で、52冊目の刊行でした。
投稿: ちゅうすけ | 2009.10.17 11:47