〔千歳(せんざい)〕のお豊 (12)
「〔千歳(せんざい)〕のお豊どののことで、お願いにあがりました」
銕三郎(てつさぶろう 28歳)が、烏丸蛤ご門前の粽司(ちまきつかさ)〔川端道喜(どうき)〕の10代目(60がらみ)に頭をさげた。
【参照】2009年8月1日[お竜の葬儀] (1)
2009年8月29日[化粧(けわい)指南師・お勝](6)
「あらたまらはって、なんぞ、むつかいことでも出来(しゅたい)しよりましたかいな?」
世なれている道喜・10代目は一拍おき、
「花見は、どこぞですませはりましたか?」
きのうは、御室(おむろ)仁和寺(にんなじ)の遅めの桜を、辰蔵(たつぞう 4歳)と久栄(ひさえ 21歳)を連れ、目付与力の嫡男・浦部彦太郎(ひこたろう 20歳)に案内されて、看てきた。
10代目は、そのことを訊いている。
(御室仁和寺 『都名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)
「御室へ、人ごみにもまれに行ったようなものでした。京には風流人が多いようで---」
「は、ははは。風流なお人らは、八瀬(やせ)あたりへ遠出して、窯風呂あがりに一杯やりながら、山ざくらを楽しんではりますやろ。それはそうと、ご用件を承りまひょ」
(八瀬・窯風呂 『都名所図会』 塗り絵師::ちゅうすけ)
祇園社の北の茶店〔千歳〕が、奉行所から「盗人宿(ぬすっとやど)と目をつけられているから、お豊(とよ 25歳)に、急いで身をかくすように伝えてもらえまいか---と打ち明けると、
「長谷川はんは、身分を、どないいうてはりましたんや?」
「浪人の息子と---」
「それやったら、奉行所の名ぁをだすわけにはいきまへん、わなあ」
10代目は、銕三郎の眸(め)をじっと見て、
「あんたはん、いくど、抱かはったん? おんないうもんは、抱かれた数によってあきらめがついたり、つかへんかったりしますのんや」
ずばりと訊かれ、思わず指を折って勘定するのを、笑顔で見て、
「片手の指で足りそうやさかい、安堵々々。両方の指にあまったら面倒なところでおした」
10代目は、祇園の茶屋で夕(ゆうげ)をとる前の喉ならしに寄っていただけで深いかかわりはなが、35,6歳の恰幅のええ、眼光のするどい男を何度か見かけたことがある---あの男が店とお豊の持ち主であろう、と初めてあかした。
【ちゅうすけ注】10代目がいう男こそ、2代目〔虫栗(むしくり)〕の権十郎(ごんじゅうろう 35歳)であろう。
彼が、情婦・お豊と銕三郎の情事を知ったら、たぶん、刺客を向けたろう。
銕三郎と貞妙尼(じょみょうに 25歳)とのあいだのことをお豊が知ったら、おんなの嫉妬は、相手のおんなに向かうというから、権十郎を焚きつけ、貞妙尼が危なかったかもしれない。
たまたま、遠国盗(づと)めに出かけているあいだのお豊の浮気でよかった。
10代目が、どう、お豊を説いたのか、10日のうちに茶店〔千歳〕は、居ぬきで持ち主がかわっていた。
老爺ィ(じつは、〔男鬼(おおに)〕の駒右衛門(こまえもん)も姿を消していた。
銕三郎が礼に訪れると、10代目は、
「相変わらず、おんな遊びィ、やってはりますか? 遊ぶのんは、若いうちにすましとかんと、齢くってからのおんな遊びィは手がつけられしまへん」
「10代目どのの貴重な体験談として拝聴---」
半分もいいおわらないときに、まだ30代とおぼしい細面(ほそおもて)の女性(にょしょう)が茶と粽を捧げてきた。
「わての嫁はんどすねん。よろしゅう」
女性が引きさがってから、
「手がつけられなくなった口のお女(ひと)ですか?」
「はっははは。うっかり手をつけたら、抜きさしならんようになりよって---ははは。男とおんなの仲いうもんは、抜きさししてたら、すぐに、抜けへんようになりよります---あ、その粽、奥方へのお土産につつみませまひょ」
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コメント
「川端道喜}さんという粽屋さん、いまでもあるんですね。
先日、お友達から、京土産にいただきました。
駅のみやげもの店などにはなく、わざわざ、上京区のお店までいって求めたって言っていました。
ちゅうすけさんのこのブログで貴重なことは知ってともだちへの感謝の言葉にも念を入れたので、甲斐があったと、ことのほか喜ばれ、面目をほどこしました。
その「道喜」の10代目さんと銕三郎が親しかったなんて、不思議なご縁ですね。
投稿: tsuuko | 2009.10.18 05:31
>tsuuko さん
15代目を取材したとき、祇園で招待を受けたのです。
そのときの料亭の女将のあいさつふり、15代目のものなれた物腰から、しばしば見えているところと判じました。それで、10代目も洒脱なお人柄であつたろうと、推察して造形しています。
粽、香りがよかったでしょう?
投稿: ちゅうすけ | 2009.10.18 08:07