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2009.10.15

誠心院(じょうしんいん)の貞妙尼(じょみょうに)(5)

「こちらは、誠心院(じょうしんいん)のご庵主(あんじゅ)はんからの文どす」
左阿弥(さあみ)〕の元締のところの若い衆が、9板目のお披露目(ひろめ)枠のあがり6両(96万円)をとどけにきて、告げた。

金包みのほかに結び文がそえられていた。

〔化粧(けわい)読みうり〕のお披露目料は1両単位だから、商舗からの支払いはすべて1両小判でわたされるが、あとの諸方への払いをおもんぱかる〔左阿弥〕の角兵衛(かくべえ 42歳)は、3両ほどを2朱銀に両替してくれている。
3両は2朱銀が24枚である。

_250明和5匁銀(1万3000円)を半裁にした懐紙にくるみ、
「いつも、ご苦労である。2代目どのに、たしかに---と伝えてくれ」
遣いの若いのは、ほくほくして帰っていった。
いつものことなので、役宅の脇門のことはこころえている。

貞妙尼(じょみょうに 25歳)からの結び文には、

二条油小路の角の茶店。八ッ半(午後3時)。

短かった。
左阿弥〕の若い者(の)を、あまり待たしては怪しまれると気づかいしたのであろう。

最初の交接から7回目の名代料---お布施をお清めする日であった。
(旧暦)2月の中旬で、久栄(ひさえ 21歳)と御室(おむろ)の看桜をあさってに約束していた。

貞妙尼へわたす1両2分(24万円)を包み、2両3分1朱(45万)をいつものように彫り師、刷り職などへ配るように若党・松造(まつぞう 22歳)にいいつけた。
それぞれへ支払う金額は、たびたびのことなので、松造が承知している。

(まつ)。おぬし、彫り師からいくら駄賃をもらっているのだ?」
おもいついて、銕三郎(てつさぶろう 28歳)が訊くと、
「ほんの150文(6000円)ばかり」
虚をつかれた松蔵は、つい、本音を漏らしてしまった。

「駄賃の2重取りはよくない。きょうは、おれからのは、なしだ」
「へえ」
「いままでの分を返せとはいわないから、安心しろ」
咄嗟に恩を着せた。

ありこまっちの8両(128万円)なにがしは、高杉銀平師(ぎんぺい 没年58歳)の墓石代のたしにと、剣友・岸井左馬之助(さまのすけ 28歳)の上総(かずさ)国印旛郡(いんばこおり)臼井へ送金してしまったが、それから3両(48万円)ばかり、手元にたまってきていた。

参照】2009年10月4日[高杉銀平師の死

(そろそろ、久栄の春衣も買ってやらないと---)

C_170二条油小路の角の茶店には、お高祖頭巾(こそずきん)の町女房がいるだけであった。
(早すぎたかな)

町女房から離れた床机に腰をおろそうとしたら、お高祖頭巾がこちらを向いて手まねきした。
目鼻だちから、貞妙尼とわかった。
隣りにかけて、
「どうしたのだ?」
「房(ぼう)では、噂がたちます。寺男の目もあります」
「その衣裳は?」
「娑婆(しゃば)にいたころのものを、あるところに秘しておきました」

茶店の爺ぃが茶をはこんできたので、しばらく、眸(め)と眸をみあわせるだけにした。
貞妙尼の眸は、もう、うるんで、抱いてほしがっている。

老爺がひっこんだので、
「その姿(なり)で庵を出たら目立つだろうに?」
「着替えました」
「どこで?」
「すぐそこ。これからご案内します」

その2軒長屋は、二条城の東---油小路二条上ルの鞘師・三右衛門の看板がでている店の裏にあった。
「うちが、亡夫といっしょになる前に住んでた家どす」
あがってみると、いまも誰かが暮らしているらしく、さっぱりと片づいていて、塵ひとつ見あたらない。

「誰が?」
「母どす」
縫い物で生活(たつき)をたてているのか、裁縫台や物さしが部屋の隅にあった。

「母ご?」
「花園の親戚の家へ泊りがけででかけました」
「悪い娘ごだ」
「いいえ。母も(てつ)はんとのこと、祝福してますんえ」
「添えもしないのに?」
「一人前のおんなが、男けなしの夜ばっかりやと、血の道の通じにもさわりがでるいうて---」

(てつ)はん。見て---」
貞妙尼がお高祖頭巾をとった。
「あっ---」
双頬にかけて、墨を塗っていた。
「焼き鏝(こて)の代わりどす。こうして、み仏に謝りをいれてますねん」
「お(てい)---」
呼びかけを待っていたように、腕の中にとびこんだ。


参照】2009年10月12日[誠心院(じょうしんいん)の貞妙尼(じょみょうに))] () () () () () (


お断り】あくまでも架空の色模様で、貞妙尼も実在の誠心院、泉涌寺および同派の寺院もかかわりがないことをお含みの上、お楽しみのほどを。


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